ボツリヌス症

−病因、病形、発病機構、診断と治療−

 1.ボツリヌス菌と毒素の概略

ボツリヌス症はグラム陽性嫌気性で有芽胞の種々の菌(表1)が産生するボツリヌス毒素による人畜の中毒症で、筋肉麻痺を呈する。ボツリヌス菌は4群に分けられ、I群とIV群は蛋白分解性、I群は芽胞耐熱性が高く、II群は低温嗜好性である。

ボツリヌス毒素は抗原性によりA〜Gの7型に区別され、ヒトはA、B、E、F型毒素で、動物(哺乳類、鳥類)はC、D型毒素で中毒する。1菌株は1つの型の毒素を産生するが、A+F、A+B等2型の毒素を産生する菌株もある。食品や培養基中の毒素は分子量15万の『毒性成分』1分子と、分子量15万、35万あるいは75万の『無毒成分』1分子との複合体で、分子量90万(LL毒素)、50万(L毒素)、30万(M毒素)の3種類がある。A型菌はLL、L、Mの3種類の毒素を、B、C、D型菌はL、Mの2種類を、E、F型菌はM毒素のみを産生する。何れの毒素もpH7.5以上で毒性成分(S毒素)と無毒成分に解離する。II群菌毒素の毒力は低いがトリプシンなどの酵素で活性化され毒力(非経口)が数百倍増える。ボツリヌス毒素の毒力は毒物中で最も高い。A、B、D型S毒素は約10億LD50(マウス腹腔注射による50%致死量)/mg窒素(約16%)の毒力を有す。ヒトの致死量(注射)は約2μg (A型、約6万LD50)、経口では約63μg(E型、約50万LD50)と推定されている。同型毒素では分子量が小さいほど比活性(マウス腹腔注射、窒素1mg当たりの毒力)が高い(蛋白含量が少ないから)。逆に分子量が大きいほど経口毒力が高いが、この理由は無毒成分の分子量が大きいほど胃内でペプシンによる分解を受けにくいからである。

 2.ヒトボツリヌス症の分類

毒素産生場所により4つの型に分類される。
 (1)食餌性ボツリヌス症(foodborne botulism):食品中の毒素の摂取で起こる古くから知られた型である。同じ食品の喫食で複数の患者が出ることが多く、致死率は高い。I群とII群菌が原因である。

 (2)乳児ボツリヌス症(infant botulism):生後3週〜6カ月の乳児に見られ、芽胞が消化管(大腸)で発芽、増殖して産生された毒素で発病する。消化管内の毒素は大量であるが致死率は低い(2%以下)(毒素は大腸から吸収され難いため)。原因菌はI群である。例外としてE型毒素産生C. butyricum、F型毒素産生C. baratii、B+F型毒素産生菌、A+B型毒素産生菌、C型ボツリヌス菌も報告されている。

 (3)創傷性ボツリヌス症(wound botulism):破傷風同様、I群菌芽胞が傷口に入り、局所で産生された毒素で発症する。二人以上が同時に罹患することはない。主に野外で運動や作業をする青年男子が罹り、致死率は高い。最近は薬物常用者の症例が多く、ブラックタール・ヘロインを皮内に注射したり(擦り込んだり)、コカインを鼻腔に投与して発症する。

 (4)成人の乳児型ボツリヌス症(adult colonization botulism):成人が乳児ボツリヌス症と同じ機構で発症するもので、腸の外科手術後や抗生物質投与で腸内細菌叢が撹乱された場合稀に起こる。

 3.ボツリヌス症の発症機構

食餌性ボツリヌス症毒発生に必須の条件は(1)食品のボツリヌス菌芽胞による汚染。(2)無芽胞菌を殺し、芽胞を生残させるような処理(不十分な加熱、加塩、酢漬け、燻煙等)。(3)食品がボツリヌス菌の培地となる(pH4.6以上、水分活性0.94以上)。(4)3.3℃以上(I群菌は10℃以上)での食品の保存。(5)加熱(80℃30分や100℃数分)しないで喫食する。以上5条件がこの順序で満たされた時中毒が起こる。I群菌が増殖した食品(食肉、魚肉)は腐敗を呈し喫食されないが、野菜、果物は腐敗状態を呈さない。II群菌が増殖しても食品の外観、味、臭いは変化しないので喫食されてしまう。

食餌性ボツリヌス症の原因は複合体毒素である。複合体毒素は胃で破壊されず十二指腸に送られる。II群菌毒素は十二指腸内で活性化される。複合体毒素は分子量に関係なくそのまま同じ速度でリンパ管へ吸収され、速やかに解離する。遊離毒性成分は血流を介してコリン作動性神経のシナプスへ運ばれ、神経細胞に結合し、神経伝達物質のアセチルコリン遊離を阻害し筋肉の麻痺を起こす。

乳児ボツリヌス症、創傷性ボツリヌス症の原因毒素が複合体である証拠はない。

 4.ボツリヌス症の診断法

食餌性ボツリヌス症の潜伏期は8〜36時間である。嘔吐、下痢が見られるが、創傷、乳児ボツリヌス症では見られない。主な症状は弱視、複視、嚥下困難、呼吸困難、発声困難、筋弛緩、眼瞼下垂などである。神経症状は左右対称で、呼吸失調で死亡する。回復した場合後遺症はない。乳児ボツリヌス症では頑固な便秘、弱い乳の吸引、弱い泣き声、無表情、頚と手足の筋力低下等が見られる。鑑別診断でまぎらわしいのは脳炎、ギラン・バレー症候群、高マグネシウム血症、重症筋無力症、キノコ毒(ムスカリン)中毒、小児麻痺などである。

検体として、食餌性ボツリヌス症は患者血清、大便、および原因食品、創傷性ボツリヌス症は、血清と創傷材料、乳児ボツリヌス症は大便を採取する(乳児ボツリヌス症で血清中に毒素が現れるのは稀である)。血清や大便の毒素は数日間検出されるが、抗毒素投与前に採取する。

ボツリヌス毒素の検出はマウス腹腔注射法で行われる。A〜G型診断用抗毒素血清を用い中和反応で型別する。ELISAやPCR法は感度が低く一般化していない。

大便、創傷、食品は増菌培地(クックト・ミート培地等)で増菌培養し毒素の検出を行う。毒素陽性の培養液を卵黄寒天平板に塗抹し嫌気培養して、周囲にリパーゼ反応(真珠様の光沢)を示す集落(G型菌、C. baratiiC. butyricumは陰性)を釣菌する。乳児ボツリヌス症の大便検体は直接卵黄寒天平板に塗抹して分離が可能である。ボツリヌス症で血清に菌が出現することはない。

 5.ボツリヌス症の治療法

以前は発症後の血清療法は無効と考えられていたが、E型中毒では発症後でも抗毒素が有効である。A型、B型中毒では経過が緩慢なため抗毒素の投与が遅れ、普通の投与量(約10,000国際単位)では不足であるためか、血清療法の有効性の報告は少ない。中国では血清療法に用いる抗毒素量は普通投与量の約20倍で、致死率は10%以下である。血清療法は患者と同じ原因食品を喫食し発症の惧れのある人に予防的に用いることが望ましい。

人工呼吸器の装着や気管切開などの対症療法も有効で、各国での致死率の低下は血清療法のみならず対症療法に負うところが大きい。

従来foodborne botulismの訳語として、「食餌性ボツリヌス症」または「食餌性ボツリヌス中毒」が使用されているが、筆者は「食生(しょくせい)ボツリヌス症」を新たに提案する。また、wound botulismの訳語は「創傷性ボツリヌス症」ではなく、「創傷ボツリヌス症」を提案する。

阪口玄二

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