東京都内で発生したグリーンオリーブの塩漬けによるB型ボツリヌス食中毒事例(1)−臨床

1998年8月に当科で経験したB型ボツリヌス中毒症の集団発生について報告する。

発端例は、64歳女性。1998年7月24日外食先でオリーブの塩漬けを2個摂食し、翌25日嘔吐、下痢、26日より口渇、嚥下障害、28日には眼瞼下垂、複視、構音障害、嗄声、29日には羞明感も出現したため、当科を受診し、31日入院となった。入院時は、眼瞼下垂、眼球運動障害、嚥下障害、頚部を中心とした全身の筋力低下、呼吸困難、瞳孔異常、口腔粘膜の異常乾燥、排尿障害、麻痺性イレウスが認められた。当初、ギラン・バレー症候群を疑い、8月7日より3回免疫吸着療法を行い、眼瞼下垂、眼球運動障害の改善と、口渇、頚部筋力低下の軽度改善が認められた。この時点で、同様の症状を呈する複数人の存在が判明し、ボツリヌス中毒症を疑い、残っていた食材から毒素が検出され、診断に至った。摂食より19日目に乾燥ボツリヌスウマ抗毒素A、B、E、F型を計2バイアル点滴投与し口渇、嚥下障害、瞳孔異常、眼球運動障害、頚部筋力低下のさらなる改善を認め、摂食より59日目に症状は軽快し、退院となった。

今回、計8例が当科を受診した。症例は22歳〜67歳まで、潜伏期間は24〜120時間、平均75時間で、初診は、発症後4〜20日後、平均14日後であった。受診時の自覚症状としては、6例で発症時の嘔吐、下痢を伴っており、口渇、嚥下障害は全例で認められ、その他、眼瞼下垂、近見時複視、視力低下、便秘が多く認められた。初診時の神経学的所見では、嚥下障害は全例で見られ、他に眼瞼下垂、近見時の複視、近見反射障害など脳神経系の異常が多く、また、筋力低下、便秘も高頻度に認められた。なお、便からボツリヌス毒素が検出されたのは発端例と22歳の2症例で、血清中の毒素は、全例とも検出されなかった。

治療として、抗毒素を症状が残存した7例に投与した。抗A、B、E、F型をそれぞれ1万単位ずつ含有した乾燥ウマ抗毒素血清を、6例にそれぞれ1バイアル、2例に2バイアルを点滴投与した。投与は、摂食より12日〜25日であったが、眼瞼下垂、散瞳、眼筋調節障害、対光反射障害等、眼に関する所見の改善が目立ち、その他、嚥下障害も半数で改善を認めた。その一方で、便秘、排尿障害には効果を認めなかった。なお、2バイアル投与した1症例で、抗毒素投与の6日後より皮疹、関節痛、咽頭発赤を認め、血清病と診断したが、ステロイドの経口投与により症状は2日間で消失した。

今回の症例を通して、摂食後の時間が経過し、一般には有効性がないとされる時期においても抗毒素療法は有用であり、試みるべきであると考えられた。一方、今回の集団発生に関し、他院からの問い合わせも多く、医療現場での治療に関する混乱があることも経験した。細部にわたる治療マニュアルの作成が待たれるところである。

東京女子医科大学脳神経センター・神経内科 松村美由起 岩田 誠

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