老人福祉施設におけるインフルエンザ集団発生−滋賀県
A老人福祉施設において、1999年12月10日頃から咳、発熱などかぜ症状を示す者があり、19日になって重症を含め多数の患者が発生している旨所轄保健所へ連絡があり、保健所が調査を行った。集団発生のあった施設は1フロアに15の居室をもち、各部屋に1〜4人の入所者が生活していた。入所者数48名(男7名、女41名)、職員数33名(男12名、女21名)で、職員はすべて通勤していた。入所者の年齢分布は65歳〜101歳まで、80代が20名と最も多かった。すべての入所者が、高血圧症、心疾患、老人性痴呆、消化器疾患、脳梗塞、高脂血症などの基礎疾患を有していた。
インフルエンザは臨床的には、突然に高熱を発するなどの症状により他の呼吸器疾患と鑑別されるが、対象が高齢者であり日頃から体調が悪いこと、37℃以上の発熱がみられなくてもインフルエンザウイルスが分離された者があることから、何らかの呼吸器症状を呈した者すべてを「発症者」とした。発症者は、入所者34名(発症率71%)、職員6名(同18%)であった。職員を含めた発症日は、12月9日〜25日まで分布しているが、16日が9名で最も多くその後いったん減少し、19日および20日に6名ずつあった(図1)。34名の入所者の症状は、発熱85%、咳50%、肺炎18%および喘鳴21%などであった(表1)。肺炎を呈した患者のうち2名は亡くなった。最高体温の分布は、37.5℃以下が14名(41%)を占め、このうち37℃未満の者が5名(15%)、39.0℃以上の高熱を出した者は9名(26%)あった(図2)。
12月20日に咽頭ぬぐい液および喀痰を採取し、MDCK、HeLa、RD-18S、VeroおよびFLの各培養細胞を用いて、インフルエンザウイルス、アデノウイルスおよびエンテロウイルスの分離を試みた。入所者および職員35名について検査を行ったところ、発症者27名中11名からインフルエンザウイルスAH3型が分離された(表2)。分離されたウイルスは、今季インフルエンザセンターから分与されたキットでA/シドニー/05/97株様と同定された。アデノウイルス、エンテロウイルスは分離されなかった。
インフルエンザウイルスの侵入ルートを考察するにあたり、人の動きを中心とした施設内の状況について検討した。その際、インフルエンザの潜伏期間を考慮し、ピークである12月16日以前に発症した入所者の、発症前1〜4日間に限定した。面会は12月中に35名、1日平均1.17名あったが、関連があると考えられたのは1名で、12月7日に面会後12月10日に発症していた。この入所者は早期発症者の1人であった。12月11日に入所者家族などを対象として介護教室が開かれ、9名の入所者が参加した。この参加者から7名が発症しているが、発症日は12日〜20日にばらつき、12月15日までに発症したのは12日に1名、14日に1名であった。介護教室以外に、12月5日以降入所者が集団で参加する行事はなかった。その他、毎日10名前後の外来者にデイサービスが行われていたが、場所は1階であり2階の入所者と交流はなかった。また、職員のなかで12月9日および11日に各1名発症しているが、それぞれの担当している部屋からの患者発生は15日までなく、直接介護している入所者に感染させた可能性は低いと考えられる。しかし、9日に発症した職員は勤務を続けており、感染源となった可能性は否定できない。以上のことから面会、介護教室さらに職員からの複数の侵入ルートが考えられる。なお、滋賀県感染症発生動向調査におけるインフルエンザ様疾患患者数は、県全体では第49週(12月6日〜12日)から急増し始めたが、本保健所管内においては第36週(9月6日〜12日)以降、少数ながらほぼ毎週あり、県内の他の地域に比べ早くから発生していた。また県内では、11月中旬に小学校の集団かぜから、インフルエンザウイルスAH3型が分離されており、ウイルスの侵淫は確認されていた。
ウイルスの伝播ルートは、暖房設備、人の両面の可能性があるが、暖房設備は熱湯を配管で各居室に送り、暖まった空気を室内で循環させ、換気は各居室の換気扇により適宜行うというもので、各居室間の空気が混じり合うことはなかった。さらに、寝たきりの人以外は食堂で食事を摂っていたが、入所者が寝たきりの人のみであった部屋からの患者発生は25日までなかった。このことから、暖房用の空気から伝播したとは考えにくく、食堂や各居室における日常の交流によって伝播したと考えられる。
保健所の指導にもとづき、施設では加湿器の設置、外来者・面会者の制限、看護婦室・寮母室および1階ロビーに「うがい」ができる場所の設置、有症者と無症状者を分けるための部屋替え、有症者に対しての各部屋での食事の提供、職員のマスク着用などを実施した。
なお、インフルエンザの予防接種は、集団発生以前には実施されていなかった。
滋賀県立衛生環境センター 横田陽子 大内好美 吉田智子 辻 元宏
滋賀県八日市保健所 寺村美春 廣島育子 大佛正隆