A型肝炎の分子疫学の重要性
A型肝炎ウイルス(HAV)はVP1/2A領域168塩基の塩基配列により、遺伝子型分類が行われている。全世界152株の比較により、相同率85%以上を同一群とすると7種類の遺伝子型に分類された。また1型と3型はさらにAとBの2種類の亜型に細分された(Robertson et al., J. Gen. Virol. 73: 1365-1377, 1992)。われわれは地方衛生研究所(地研)との協同研究により、1977年以降に日本各地で検出された110株以上のウイルスの塩基配列を調査し、1A型、1B型、3B型の3種類の存在を確認している。大部分が1A型であったが、3B型が9株、1B型が1株含まれていた。1A型には26種類の異なる塩基配列が認められ、相同率96%以下の6群に分けられた。3B型では相同率99%以上の3種類が存在した。1A型ウイルスは世界各地に多いウイルスであり、わが国で多様な理由は、外国からウイルスが持ち込まれることによるのかもしれない。3B型ウイルスは1977年以来13年間にわたり検出されているが、塩基配列の相同性は極めて高く、わが国土着のウイルスの可能性もある。168塩基部分を含む360塩基の比較によると、この部位の変異発生は意外に低いようである。集団発生例や家族内感染例からは同一シークエンスのウイルスが検出されている。1990年の三重県のある施設での1A型ウイルスの集団発生では、初発から4カ月後の3次感染と考えられる症例の1株でのみ360塩基中の2塩基が変異していた。HAV遺伝子の保存性が高いために、塩基配列の比較によるウイルス株の区別は疫学調査上重要な情報となる。
以下に患者検体中のHAV遺伝子間の関連性を調べる分子疫学調査が行われた最近の報告例をあげてみた。
1)冷凍イチゴによる集団感染例
(米国;Hutin Y.J.F. et al., N. Engl. J. Med. 340:595-602, 1997)
1997年2月〜3月にミシガン州の23の学校で 213名、メーン州の13の学校で29名のA型肝炎患者が発生。聞き取り疫学調査の結果では給食の冷凍イチゴの摂取が最も関連性が高かった。両地域の患者126名の血清検体(一部便検体)からHAV遺伝子が検出され、168塩基部分を含む315塩基が解読され、すべてが同一塩基配列であり、遺伝子型は1A型であった。同じ冷凍イチゴを摂取した各地散発14例のHAV遺伝子も一致していた。同時期に発生した98例の患者の4例から同一の遺伝子配列が検出され、他の94例の遺伝子配列は27種類に分けられ、冷凍イチゴ関連の遺伝子と区別された。この冷凍イチゴはメキシコで生産され、カリフォルニア州の工場で塩素処理後、細切、缶詰、冷凍された製品であった。残余の冷凍イチゴは業者により自主的に回収された。冷凍イチゴによる小規模な集団感染例は1990年にもジョージア州とモンタナ州で発生し、患者の便検体から1A型HAVの特定の塩基配列が確認されている。抗体陰性者の多い先進国に生食食品が大量に輸入され、流通する時代背景下で起きた事件であり、わが国でも注意すべきであろう。
2)HIV-1陽性者間の多発例
(日本;Koibuchi T. et al., Jpn. J. Infect. Dis. 52:249-250, 1999)
13例の患者血清検体の10例からVP1/2A領域cDNAが増幅され、すべて同一の1A型遺伝子を示した。男性同性愛者間では特定のウイルス株が短期間に広まることが考えられた。
3)静注薬物常用者(IVDA)間での多発例
(ノルウェー;Stene-Johansen K. et al., Scan. J. Infect.Dis. 30: 35-38, 1998)
1995年夏から約2年間IVDA関係者のA型肝炎の多発が続き、621例が報告された。VP1/2A領域348塩基を用いて調べられた全49例のうち2例で1塩基の違いが認められただけで、一種類の特定株による流行と考えられた。また同時期の散発例30検体のうち、10例はこの流行株と一致した。他の20例は別の株によるものであり、そのうち数例は海外旅行と関係していた。
RT-PCRとシークエンシング技術が発達し、患者検体中のHAV遺伝子の検出が容易になった。以前は主として便検体が用いられたが、最近は急性期の血清を用いることが多い。患者の血中ウイルス含量は発症後急速に低下するが、1カ月後の血清検体からHAV遺伝子が検出された例もある。診断目的や経過観察で採血された血清検体はウイルス検査のためにも重要である。今後患者発生の報告とともに、患者血清検体の保存体制、各地研などでの検査体制が整えば、A型肝炎の有効な対策手段となろう。
国立感染症研究所ウイルス製剤部 戸塚敦子