HIV/AIDSの将来予測
(Vol.21 p 138-139)
HIV/AIDSの長期予測は難しく、日本では、1990年から5年程度先の近未来予測が実施されている(1)。最新の予測は1998年末までのエイズ発生動向調査データに基づく、2003年末までのものである(2)。将来予測には前提が不可欠であるが、結果を見る上でもその考慮は欠かせない。以下、最新の日本国籍者の予測(凝固因子製剤によるHIV感染を除く)について、前提と結果を概説する。なお、外国国籍者も予測しているが、出入国の関係もあり不確実性がより大きい。
「現在、HIV感染者が何人いるか?」に完全に応えられる情報はない。AIDSを発病すれば、おおよそ医療機関で受診・診断、エイズ発生動向調査に報告される(3)。一方、HIV感染者(AIDS未発病者)の多くは特異的症状がなく、検査で初めて感染が分かることから、診断例がほぼ報告されても全体の捕捉率は低い。
HIV感染報告の捕捉率を、転症例/AIDS患者数で推定する方法がある。転症例とは、HIV感染報告後に、AIDSを発病・報告された例であり、エイズ発生動向調査の病変報告票で把握される。かりに、AIDS患者がすべて転症例ならば、HIV感染報告の捕捉率はほぼ100%とみなせるが、現在、1/5.1程度である(2, 4)。
この捕捉率の推定値で報告数を除して、日本国籍のHIV感染者有病数(1時点でAIDS未発病のHIV感染者の人数)は1998年末で7,300人と推計される。なお、AIDS患者の累積報告数は925人である(図)。
外挿法とは「最近の推移が今後も継続」という前提の下で、最近の推移を将来に延長する予測方法である。この前提は近未来では近似的に成り立つとみてよい。日本国籍のHIV感染者報告数を診断時点(2カ月単位)でみると、1985〜1990と1993〜1998年の各期間ではほぼ直線的に増加し、増加率が期間で異なる。この推移に1992年末を節とする折れ線を当てはめ、2003年末まで延長し、将来のHIV感染者罹患数(一定期間内に新たにHIV感染した人数、ここでは2カ月単位)を予測した。この累積数から後述のAIDS患者数を引いて、HIV感染者有病数を与えた。
AIDS患者数はHIV感染者罹患数とAIDS発病率(潜伏期間)から計算できる。AIDS発病率は抗HIV治療の有無別とした。抗HIV治療の受療者割合は薬剤の認可・普及状況から、1995年まで0%、その後直線的に上昇し、1999年にHIV感染報告の捕捉率と一致、2003年まで一定と仮定した。AIDS発病率は抗HIV治療なしでは広く用いられる値(累積発病率が5年で15%、10年で50%、20年で90%)を採用し、抗HIV治療ありではその1/2と仮定した。なお、抗HIV治療ありのAIDS発病率が抗HIV治療なしと同じ、あるいは、発病しないと仮定しても2003年末の予測値は10%程度しか変化しないことを注意しておく。
日本国籍のAIDS患者累積数は、1998年末で1,000人と計算され、上記の報告数に比較的近い。AIDS患者数予測ではAIDS患者報告数を使っていないことに注意すると、これは、HIV/AIDSの将来予測結果の妥当性を示唆するものと考えられる。
2003年末、日本国籍のHIV感染者有病数は15,400人、 AIDS患者累積数は3,300人と予測された。各々、1998年末の2倍、3倍以上である。なお、予測は感染経路別に行っている。感染経路で推移が違うこともあるが、感染経路で異なる対策立案の資料提供をねらいとするためである。現在は情報不足が大きく、新情報に応じて、予測を随時見直していくことになろう。
参考文献
1)橋本修二、福富和夫、森尾眞介他、HIV感染者数とAIDS患者数の将来推計、日本公衆衛生雑誌、1993; 40: 926-933
2)橋本修二、福富和夫、市川誠一他、HIV感染者数とAIDS患者数の将来予測、日本エイズ学会誌、2000; 2: 35-42
3)Hashimoto S., Matsumoto T., Nagai M., et al., Delays and continuation of hospital visits among HIV-infected persons and AIDS cases inJapan., J. Epidemiol., 2000; 10: 65-70
4)Matsuyama Y., Hashimoto S., Ichikawa S., et al., Trends in HIV and AIDS basedon HIV/AIDS surveillance data in Japan., Int. J. Epidemiol., 1999; 28: 1149-1155
東京大学大学院医学系研究科疫学・予防保健学 橋本修二