日本人のHIV/STD関連知識、性行動、性意識についての全国調査
(Vol.21 p 139-140)

HIV/STD(性感染症)の主要な感染経路が性行動であることはよく知られており、流行の特徴や将来的動向を推し測る上で、また、有効なHIV/STD予防対策を立案実施していく上で、性行動の実態把握が不可欠であることは言うまでもない。性行動は、社会や文化のコンテクストの中で特徴づけられるため、国際的にもそれぞれの地域における固有の調査の必要性が強く認識され、諸外国においては、HIV流行を契機として、大規模な国レベルでの性行動調査が実施されてきた。しかし、わが国においては、極めて回収率の低い郵送法調査が都市住民を対象になされたことがあるのみで、統計学的に偏りのない代表サンプルを用いた信頼性の高いデータはいまだ存在していない。本研究は、こうした状況に鑑み、性行動調査の方法論的基礎検討を行い、また全国レベルでの性行動調査を実施することによって、わが国の性行動や性意識の特徴を科学的に明らかにし、今後の有効なHIV/STD予防対策の計画立案に役立つエビデンスを提供することを目的として実施された。また、調査のタイミングについては、経口避妊薬(ピル)解禁を想定し、ピル解禁直前の日本人の性行動の様子を捉えることを特に意識して実施した。発表当初から予想を越えて反響が広がっており、性行動が、学級崩壊などの現象と同様、時代の病理として危機的に捉え始められている状況を実感している。

 研究方法:2年間に3回の予備調査を実施して方法論(調査票の構造・ワーディング、報償、調査マニュアル等)を検討し、1999年6〜7月に、全国5,000人の確率サンプル(層化2段階無作為抽出)を用いて個別訪問・面前自記式による調査を実施した。71.2%(n=3,562)の回収率が得られ、本年度は、わが国HIV/STD関連知識、性行動、性意識について性別・年齢別の単純分析を行った。

 研究結果:結果の要点は以下の通りである。

(1)日常生活でのHIV感染に関する古典的知識は普及しているが、STDの種類や感染の仕方、HIVとSTDの相互作用、HIV検査のタイミングや保健所での無料匿名検査の存在などに関する情報が欠落している者の割合が大きかった。

(2)若者、特に若い女性で急速に初交年齢の低下が進んでおり、18〜24歳では男女差が消失した。初交相手としては、学校で出会った同年程度の相手を選ぶ傾向が強まっている。

(3)過去1年間に不定期の相手、あるいは金銭の授受を介した相手(以下売買春の相手)とセックスをした人は、男性で約1割、女性では数%以下であった。複数の相手がいた人は、男性約2割、女性約1割で、男女とも18〜24歳で特に高い割合を示した。

(4)過去1年間にフェラチオ、クンニリングスは約6割近くで行われ、若い世代ほど割合が高く、性行為の多様化が進んでいる傾向がうかがわれた。肛門性交は、5〜6%程度であった。

(5)過去1年間にコンドームをあまり使わない者(=「一度も使用しなかった者」+「使用しないことが多かった者」、以下“不使用者”)の割合は、決まった相手、不定期の相手いずれの場合でも、男女とも約50%程度で、若い世代ほど低かった。売買春の場合には、不使用者はその1/2以下に低下した。

(6)これまでに同性/両性を性的相手としたことがある人は、男性 1.2%、女性 2.0%であった。

(7)過去1年間にHIV感染不安のあった人は、全体で4%で、若いほど高く、18〜24歳では男性 8.3%、女性で 4.4%であった。このうちHIV検査を受けた人は、約1/6程度であった。

(8)ピルがHIV/STDを予防しないことを正しく認識している人の割合は、男性約70%、女性約60%と、女性でむしろ低い。また、コンドーム使用の目的は、ほとんどが避妊で、HIV/STD予防は、男性15〜16%、女性5〜6%と低率であった。

(9)未婚男女のセックスへの認容が、急速に進み、18〜34歳では、80〜90%が認容しているが、既婚男女の婚外セックスへの認容度は低く、特に女性で低かった(男性約10%、女性約3%)。

(10)同性の性行為に関する認容が女性で急速に進み、18〜24歳で約30%に達した。

(11)売買春の認容は、25〜44歳の男性で20〜30%と高かったが、女性では10%以下であった。

(12)日本人男性の買春率(>10%)は欧米諸国(数%程度)に比して著しく高いことが明らかになった。

 結論:以上の結果より、現代の日本国民においては、HIV/STD予防上重要な知識の普及が遅れていること、性行動が若者で急速に活発化し、かつ他の先進国とは異なり、買売春が非常に高率であることが明らかになった。今後のHIV/STD予防対策は、こうした事実を踏まえた展開が求められる。

京都大学大学院医学研究科国際保健学 木原正博
厚生省HIV感染症の疫学研究班行動科学Iグループ

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