ポリオワクチンの一時中止と再開
(Vol.21 p 217-218)

2000(平成12)年5月16日福岡県において、ポリオワクチン接種後にその因果関係は不明であるが、1例の急性脳症例と1例の急性弛緩性麻痺例(Acute Flaccid Paralysis:AFP)の報告が所管保健所より県に相次いであった(症例1:4月2日、症例2:5月15日)ため、5月16日福岡県は「厚生省の指示が出るまでポリオワクチンの使用を見合わせ」とし、同日厚生省は「AFP例はポリオワクチン440万接種あたり1人は発症し得るものであるが、無菌性髄膜炎および急性脳症の発生は確認されていない。しかし同一ロット(Lot.39)において両症例が発症していることを考慮し、安全確保の観点から因果関係の調査を行うこととし、その間Lot.39ポリオワクチンの投与を一時見合わせる」とした。

症例1は、ポリオワクチン1回目接種後14日目に急性脳症を発症、急激な経過をたどり発症から10日目に死亡した3歳2カ月女児例、症例2はポリオワクチン2回目接種後22日目に無菌性髄膜炎を発症し、引き続き右下肢のAFPがみられた1歳1カ月男児例である。

厚生省は直ちに情報の収集、因果関係の調査等を開始、臨床、基礎、疫学関係者に厚生省担当者を加えた調査班を構成し、5月23、24日に次のような現地調査を行った。

 1)報告症例に関する臨床情報を、初診医を含めた担当医師および関係者から聞き取り、症例2については診察も行った。

 2)報告症例に関するウイルス学的情報を、臨床情報と同様にして得るとともに、地方衛生研究所と今後の検査のすすめ方等について打ち合わせを行った。

 3)報告例に関連する疫学情報の収集として、ワクチン接種会場における同一バイアルのワクチン投与を受けた接種者の健康状態等について保護者への電話による問い合わせを行い、また当該地区における感染症流行に関する疫学情報の収集を行った。

 4)ワクチンの運搬、保存、投与等が適切に行われていたかの聞き取り調査を行った。

その結果、臨床的調査では、症例1は剖検が行われておらず病理学的検索はできていないが、患児の経過中に発熱や弛緩性麻痺はみられず、また延髄型ポリオや球麻痺とは異なるもので、患児の症状がポリオによって引き起こされたものとは考えにくいこと、症例2はポリオの典型的症状であるAFPであることが確認された。

ウイルス学的には、症例1の便検体からはSabin 3型ポリオウイルスが分離され、髄液からのウイルス分離検査は陰性であった。症例2についてはその後の検査成績も含め、便・髄液からのウイルス分離、髄液のポリオウイルスPCRなどはいずれも陰性であり、血清ポリオウイルス中和抗体価は、1型 4,096倍、2型 256倍、3型 128倍、エンテロウイルス71型 4倍以下であることが確認された。

疫学的調査では、聞き取り調査は両症例の居住地域で、当日ワクチン接種を受けた者に健康状態の異常者はいなかったことが確認された。感染症流行状況については、福岡県での手足口病の流行、症例2の患者周辺で複数の無菌性髄膜炎患者の発生があったことなどが確認された。

ポリオワクチン接種担当地域におけるワクチンの運搬、保存、投与は適切に行われていたことが確認された。

さらにLot.39のワクチンおよびそれを構成する1、2、3型の単価バルクに関する国家検定の結果に問題のないことが厚生省によって再確認され、ワクチン製造業者である(財)日本ポリオワクチン研究所に対して行ったGMP査察の結果、ポリオワクチンの品質に影響を及ぼすような問題は認められなかったことが確認された。

また、同時期に全国から報告された予防接種後副反応報告症例のうちポリオワクチン接種については、発熱、嘔吐、下痢などの軽微なもの 160例のほか10例の注意すべき症例があった。これら10例の詳細について調査委員会で検討を行ったが、ワクチン接種および福岡県例との関連はいずれも否定的であった。

これらの調査がすすめられる中、2000(平成12)年5月17日、宮崎県において37歳の男性がAFP を発症したことが判明し、福岡県事例に際して構成された調査班による現地調査が再び行われた。当該患者は臨床的には麻痺型ポリオと診断されるものであることが確認された。患者本人のポリオワクチン歴は不明であるが、次女が2000年4月にポリオワクチンの接種を受けており、本人の便検体からはSabin 3型ポリオウイルスが分離された。また、後日の調査では父親が発症した後の次女の便検体からもSabin 3型ポリオウイルスが分離されたことが判明した。

以上の調査成績は、公衆衛生審議会感染症部会で審議(2000年6月7日開催)され、以下のような発表がなされた。

1.次のような評価結果より、公衆衛生学的にはLot.39の製品であるポリオワクチンに問題はないと考えられる。

 1)福岡県事例の現地調査結果報告より、3歳女児の脳症、死亡例については、ポリオワクチン接種との因果関係は否定的である。

 2)福岡県事例の現地調査結果報告より、1歳男児の右下肢単麻痺、無菌性髄膜炎例について、麻痺はポリオの典型的な症状である弛緩性麻痺であり、被接種者から麻痺患者が出る割合で想定されるポリオワクチン接種に伴う副反応例の可能性が否定できない(注:その後の調査成績により、2000年8月31日開催の同審議会では、この症例のポリオワクチンとの関係は考えられない、とされた)。

 3)全国から報告された健康被害症例(小児接種者10例を詳細に検討)については、ポリオワクチンとの直接の因果関係、福岡県の事例との関係はいずれも否定的である。

 4)宮崎県の37歳男性の麻痺例については、ポリオワクチンの予防接種を受けた子供からの二次的な感染が疑われるが、接触者から麻痺患者が出る割合で想定されるポリオワクチンの接種に伴う事例と考えられる。

2.Lot.39の製品であるポリオワクチンの予防接種の見合わせの解除に関しては、6月15日の中央薬事審議会における品質等製品としての安全性の審議結果を踏まえること。また、わが国においてポリオワクチン接種を継続すべきであり、その再開の時期については、国民の十分な理解を得る努力、エンテロウイルスの流行状況等も考慮した上で慎重に行うことが必要である。ついては、以下の点に留意すること。

 1)予防接種法に基づくポリオワクチンの予防接種については、秋の予防接種に間に合うように公衆衛生審議会感染症部会の下に次の内容について審議する小委員会を設置し、円滑な実施ができるよう環境整備を図る必要がある。

 (1) 国民への啓発
 (2) 今後、このような事例が起きた際の対処方法
 (3) 将来のポリオワクチン予防接種のあり方

 2)今回の見合わせにより予防接種法に基づくポリオワクチンの予防接種の機会を失った者については、適切な配慮を行うこと。

 3)2. 1)にかかわらず、海外渡航時等予防接種の緊急性が高い場合の個別の予防接種を行うことを妨げるものではない。

さらに中央薬事審議会医薬品等安全対策特別部会(2000年6月15日開催)では、2000年6月7日に開催された公衆衛生審議会感染症部会と同様の結論に達したとし、さらに、
 1)国立感染症研究所において実施したLot.39のポリオワクチンおよびそれを構成する1型、2型、3型の単価バルクに関する国家検定の結果を厚生省が再確認したところ、特に問題は認められなかった。

 2)製造業者である(財)日本ポリオ研究所に対し、厚生省がLot.39のポリオワクチンおよびそれを構成する1型、2型、3型の単価バルク等についてGMP 査察を行ったが、検定項目の自家試験成績を含め、特にその品質に影響を及ぼすような問題は認められなかった。

とし、以上のような結果により、Lot.39ポリオワクチンについては、品質・安全性に問題はないと考えられる、と結論づけた。

今秋からのポリオワクチンの再開に向け、厚生省ポリオ予防接種検討小委員会では、ポリオおよびポリオの予防接種についての一般向け、あるいは一般の方からの質問に対して自治体職員等が答える際に参考となるような小冊子の作成、再びこのような事例が生じた場合の行政的対応のためのマニュアルの作成、ポリオワクチンをめぐる最近の状況のまとめと将来についてのまとめの作成を行い、2000年8月31日の公衆衛生審議会感染症部会で了承された。

ポリオワクチンをめぐる最近の状況のまとめと将来については、

 1)今秋のポリオ定期接種から例年従来通りの高い接種率に戻すように努力しなければならない。
 2)当面は現行の経口生ワクチン接種を継続する必要がある。
 3)世界的根絶はそう遠くない将来にあり、やがてポリオワクチンは中止できる可能性があり、それまでの段階として生ワクチン単独方式にこだわることなく、わが国における不活化ワクチン導入などの接種方式の検討が必要である。
 4)より具体的な方針については今秋予定されているWHO西太平洋地域におけるポリオ根絶宣言以降、改めて公衆衛生審議会等の場で議論する必要がある。

などをその主な内容としている。

国立感染症研究所感染症情報センター 岡部信彦

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