病院および併設の介護老人保健施設における腸管出血性大腸菌O157:H7感染症の集団発生−神奈川県
(Vol.21 p 221-222)
2000年6月中旬〜下旬にかけて、神奈川県藤野町のF病院および併設の介護老人保健施設(N施設)において、腸管出血性大腸菌(O157:H7)感染症の集団発生がみられた。
発生の探知は、2000年6月16日、藤野町に隣接する神奈川県津久井町のM病院医師から管轄の保健所に対して、血便等の症状でN施設から転院してきた80歳の女性患者便からO157(VT2陽性)が分離された旨の届け出を受けたことであった。M病院には同様の有症者は認められなかったが、女性患者が発症したN施設および併設のF病院に同様の症状を呈する複数の患者が確認され、O157感染症集団発生の疑いとして調査が開始された。
F病院関係650名(入院患者367名、職員283名うち給食従事者31名)、N施設関係154名(入所者73名、通所者36名、職員45名)、計804名について健康状況を調査した結果、有症者(血便・下痢便3回以上/日・腹痛・発熱・嘔吐の症状が1つ以上あった者)は56名(F病院の入院患者46名、職員2名、N施設の入所者6名、通所者2名)で、重症者が6名認められた。重症者のうち4名は回復したが、基礎疾患の悪化が原因と思われる85歳男性、および溶血性尿毒症症候群(HUS)を発症した84歳女性の2名(F病院入院患者)が死亡した。有症者の発症日は6月13〜21日の9日間で、日別発症者数では15日(13名)と19日(10名)に小さなピークがみられた。健康調査を実施したのと同じ804名について検便を実施したところ、有症者56名中17名(F病院の入院患者15名、N施設の入所者2名)、無症状者748名中70名(F病院の入院患者53名、職員9名、N施設の入所者8名)、合計87名の糞便からO157:H7(VT2 陽性)が分離された(表)。F病院およびN施設の周辺地域にO157感染症の発生は認められなかったことから、院内または施設内の何らかの同一感染源に起因した集団発生である疑いが強く持たれた。
F病院およびN施設の概況を示すと、F病院(本館・新館)の診療科目は一般および精神科で、約400床の病床は療養型一般病床および精神病床の各々にほぼ二分されている。併設のN施設はF病院新館との間が連絡通路で結ばれ、入所定員80名、通所定員10名の規模である。F病院およびN施設の給食は、患者食および職員食ともにF病院の給食施設で調理されており、調理食数の約8割が患者食、約2割が職員食でその献立は異なる。水道施設は井戸を水源とする2系統の専用水道が設置され、ひとつはF病院本館およびN施設に、他はF病院新館に給水している。さらに敷地内の温泉井戸の温泉水がF病院およびN施設に供給され、浴槽水に利用されている。
以上の概況をもとに、感染源である可能性が考えられた食品等(6月1〜25日の保存食)289検体、飲料水等(専用水道水、源水、解熱用氷等)35検体、浴槽水等(温泉浴槽水、排水等)63検体、合計387検体についてO157の分離培養検査を行った結果、F病院で6月25日に採取した雑排水1検体からO157:H7(VT2 陽性)が分離されたが、他の検体はすべて陰性であった。また、F病院の給食従事者31名の検便結果もすべて陰性であった。しかしながら、検便でO157:H7(VT2 陽性)が分離された87名のうち、78名は患者食を喫食していたF病院入院患者またはN施設入所者であったのに対し、職員は9名と少数であった。しかもこの職員のうち2名は患者食の検食を担当していた。このことから、患者食として出されたある種の食品が感染源であった可能性が考えられ、患者食を喫食しなかった職員の発症は、入院患者等の感染者と接触したことによる二次感染と思われた。本集団事例では流行に2峰性がみられたが、発症者数の2つ目のピーク以降の症例には二次感染例の混在が疑われた。
F病院入院患者、N施設入所者およびF病院の排水から分離されたO157:H7について、パルスフィールド・ゲル電気泳動法によるDNAの異同を解析した結果、いずれも同一株と思われた(図)。本事例では流行初期の段階から、F病院およびN施設に対して共通の病因物質の暴露が考えられたが、共通喫食品等からO157が分離できなかったため、感染源および感染経路の特定には至らなかった。
神奈川県衛生研究所細菌病理部