インフルエンザ流行に伴う超過死亡について
(Vol.21 p 265-267)
インフルエンザが大流行すると、非流行時に比べ著しい死亡数の増加が観測され、これをインフルエンザ流行に伴う「超過死亡」(excess death, excess mortality)と呼んでいる。WHOは呼吸器疾患の超過死亡を観察することによりインフルエンザ流行規模の評価が可能であるとしている1)。また、米国疾病対策センター(CDC)では、全米人口の3分の1をカバーするよう選択した122都市における「肺炎およびインフルエンザ」死亡数(P&I)の総死亡数に対する割合を、インフルエンザ流行評価の指標のひとつとしている。感染研でも、1998/99シーズンよりインフルエンザ流行規模の指標として超過死亡の評価を導入した。今回超過死亡分析に当たり、感染研では次のような方針で行うこととした。
1)「感染研モデル」の導入:超過死亡は、予測死亡数の上限値(期待値閾値)と実死亡数の差によって求められる。予測死亡数は、過去の死亡数の時系列曲線に見られるトレンドや季節変動などに基づき、数学的手法によって求められる。以前から開発検討中であった予測死亡数を求めるための「感染研モデル」の完成に伴い、今回の超過死亡分析はこのモデルを用いて行った。「感染研モデル」は経済学の分野で頻用されるstochastic frontier estimation 2)、3)に基づき日本の実状に合うよう作成した。
2)国民総死亡数における超過死亡数を求める:インフルエンザ流行に伴う超過死亡は、インフルエンザ死亡だけでなく、急性気管支炎や肺炎などの呼吸器疾患、循環器疾患、脳血管疾患、腎疾患など様々な病名による死亡にも観察され、最終的には総死亡にも観察される。したがって、インフルエンザ流行が国民の人口動態に与えるインパクトを知るためには、総死亡における超過死亡を検討する必要がある。総死亡数を解析したもう一つの理由は、わが国では1995年の死因統計よりICD-10(第10回修正国際疾病傷害死因分類、1993年WHO勧告)が導入され、死因選択ルールの明確化によって肺炎死亡が著しく減少し、そのトレンドが大きく変わってしまったことである。このため、前回の1998/99シーズンまでのインフルエンザ流行に伴う超過死亡の分析では「肺炎およびインフルエンザ」死亡数を対象としていたが(本月報Vol.20, No12参照)、1999/2000シーズンは総死亡数を分析対象と変更した。総死亡数を用いて予測死亡モデルを作成すれば、ICD-9から10への移行の影響を受けずにデータを取り込むこと が可能である。今回の解析は、患者サーベイランス情報が得られる1987年からのデータを用いて行った。
上記のような方針に基づいてインフルエンザ流行による超過死亡分析を行った結果を図に示す。1987/88シーズンからの総死亡における超過死亡は、インフルエンザ患者発生状況、インフルエンザ死亡の発生状況と非常によく相関しており、著しい超過死亡数の増加はインフルエンザ流行によってもたらされていることが再確認された。1987/88からのシーズンで超過死亡が明らかなのは1989/90、1992/93、1994/95、1996/97、1998/99シーズンで、いずれもA(H3N2)型とB型との混合流行であった。1999年はインフルエンザ流行によって総死亡が著しく増加し、その結果平成11年簡易生命表では平均寿命が男女ともに短縮した。1〜3年に一度の比較的大きな流行に伴って観察される超過死亡は次第に増加する傾向にあり、これは人口の老齢化を反映しているのだろう(1999年には65歳以上人口は全人口の16%を越えた。図参照)。1999/2000シーズンはH1N1型とH3N2型の混合流行であり、1998/99シーズンの四分の一にあたる約8千人の超過死亡があったと推定された。今後も高齢化の進むわが国で、高齢者におけるインフルエンザ対策は引き続き重要な課題として残されている。インフルエンザ対策の成果を評価するためにも超過死亡分析の価値は高いと考えられる。
今後の展望としては、超過死亡の監視により、流行しているインフルエンザのseverityを把握できるようにしたいと考えている。しかし、現行の人口動態統計は概数でも約半年後にならなければ死亡数を得られない。超過死亡の迅速な把握のために、今後抽出データによる死亡数の週単位速報値が得られるようになることが切望される。
1) Assad F., Cockburn W.C., Sundaresan T.K., Use of excess mortality from respiratory diseases in the study of influenza, Bull. WHO 1973; 49:219-233
2) Aigner A.D., Lovell K. and Schmidt P., Formulation and estimation of stochastic frontier production function models, Journal of Econometrics, 1977;pp.21-37
3) Jondrow J., Lovell K., Materov S. and Schmidt P, On the estimation of technical inefficiency in the stochastic frontier production function model. Journal of Econometrics 1982; pp.233-239
国立感染症研究所感染症情報センター 進藤奈邦子 谷口清州 岡部信彦
大阪大学社会経済研究所 大日康史
横浜国立大学経済学部 井伊雅子