かぶの浅漬けに関連した老人保健施設における腸管出血性大腸菌O157感染症の集団発生−埼玉県
(Vol.21 p 272-273)

2000(平成12)年6月23日、埼玉県埼葛北福祉保健総合センターは、同管内の老人保健施設入所者中で発生した胃腸炎患者集団発生の一報を受けた。以下に、その実地疫学調査の結果を要約する。

今回の集団発生における感染の危険因子を決定するために、当該老人保健施設の入所者82名に関して症例対照研究を行った。対象とした症例の定義は、2000年6月14日〜30日までの間に急性の腹痛を伴う血便を呈した者とした。入所者の8.5%に当たる7名が症例に該当し、発症は6月19日〜23日の間であることが判明した。7名全員に血便・腹痛に加え発熱が認められたが、下痢は3名のみに留まった。溶血性尿毒症症候群(HUS)を合併した1名と、感染が誘引になったとみられる心不全を併発した2名、合計3名が死亡した。この7名の他に1例の無症状保菌者が入所者中に発見された。

症例対照研究では、今回の腸管出血性大腸菌(EHEC)感染症の危険因子を決定することは困難であった。しかし、凍結保存されていた検食のうち、6月15日の朝食に供されたかぶの浅漬けより、EHECが分離された。診療記録より得られた情報により、7名の症例と1名の無症状保菌者全員が、汚染が疑われたかぶの浅漬けを含む朝食を全量食していることが判明した。潜伏期間を推定すると、中央値は6日間(最短4日間、最長8日間)であった。症例とかぶから分離された大腸菌をパルスフィールド・ゲル電気泳動法により解析したところ、同一のDNA パターンであることが明らかとなった。記述疫学、および解析疫学のいずれの解析からも接触感染などを示唆させる結果は得られず、今回の集団発生の原因は、このかぶの浅漬けであることが結論された。

この老人保健施設では、かぶの浅漬けは出入りの食品業者によって前日の晩に準備され、冷蔵庫に保存されていた。しかし、この施設における調理業者が策定したHACCP(Hazard Analysis Critical Control Point:危害分析に基づく重要管理点方式)システムによる総合衛生管理製造過程には、非加熱食材の前日仕込みは禁止するとあり、さらに10℃以下に保管する場合でも、配膳する4時間以内に仕込むと定められており、これらは自主的に策定されたHACCPに反していた。生鮮野菜・果物類の洗浄・消毒に関しては、調理担当者はその施設の要望により設置された電解水(強酸性電解水)を使用していた。さらにこの電解水は、生成直後ではなく、20リットルポリタンクに汲み置きされ、しばしば数時間後に使用されていた。電解水は、低濃度の食塩水を電気分解することで陽極側に生じる次亜塩素酸(HOCl)を主成分としているが、保健所において、汲み置かれた電解水の遊離塩素濃度を経時的に測定したところ、その濃度は16時間までに当初の半分以下に低下することが示された。同じく同HACCPには、生野菜の殺菌については、0.01%次亜塩素酸ナトリウム溶液に10分間漬けることが規定されており、細菌汚染防止のために電解水の使用は記載されておらず、この点にも自主的に策定されたHACCPに対して反する事項がみられた。

汚染の可能性として、1)かぶの出荷から納入までの間の汚染、2)調理中の汚染、3)保存から配膳までの間の汚染が考えられる。県の方では、かぶの流通は、遡って調査されておらず、調理従事者の検便、およびかぶの残品からもEHECは分離されていない。本調査では、いつ、どこで、かぶの汚染が発生したのかを明らかにすることはできなかった。他地域も含め、同時期にかぶに関連した腸炎の集団発生は報告されなかった。

高齢者に日頃から食されるかぶがEHEC集団発生の感染源と考えられたのは、今回が初めてである。今回の集団発生は、死亡者を出す恐れのある食品由来の集団発生の危険を最小限にするために、HACCPを遵守することの重要性を示唆している。

埼玉県埼葛北福祉保健総合センター
上原怜子 倉持一江 赤坂 実 福田健治 天下井 昭 沢田俊之
埼玉県衛生研究所 山口正則 岸本 剛 正木宏幸
埼玉県健康福祉部医療整備課 新階敏恭
国立感染症研究所感染症情報センター実地疫学専門家養成コース(FETP-J)
砂川富正 藤井逸人

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