PCR法を用いたマラリアのDNA診断
(Vol.22 p 25-26)

はじめに:マラリアの早期発見・早期治療はマラリア制圧の柱である。マラリアの制圧には広範囲な集団検診が必要とされるが、顕微鏡法を用いた診断法では多数の検体に対応できない。そこでこれに対応する検査法としてpolymerase chain reaction (PCR)を応用したマラリアのDNA診断法が開発された。PCRを用いたDNA診断法は、大量のサンプルを短時間で処理できること、操作が簡便で結果の判定が容易であること、感度、および特異性に優れているという点から疫学調査や集団検診に有用であるとともに、原虫種の確定に臨床で用いることができる。また、実験室レベルでも、アイソトープを使わず微量のサンプルからマラリア原虫のDNAを検出する方法としても応用できる。本稿では、筆者らが開発したマラリア原虫のDNA診断法であるマイクロタイタープレートハイブリダイゼーション(MPH)法の有用性について紹介する1)。

1.マイクロタイタープレートハイブリダイゼーション(MPH)法:MPH法は、4種のマラリア原虫(熱帯熱、三日熱、卵形、および四日熱マラリア原虫)、および卵形マラリア原虫variant(形態は卵形マラリア原虫と区別できないが、18S rRNA遺伝子の一部に変異が起こっているもので、筆者らにより発見された)の18S rRNA遺伝子の塩基配列をDNA診断のターゲットとする。いずれのマラリア原虫にも共通のDNA塩基配列部分にプライマーを設定し、プライマーの一方をビオチンラベルしておきPCR反応を行う。得られたPCR産物を、4種のマラリア原虫を識別できるように設計したプローブを固相化してあるマイクロタイターウェル上にハイブリダイズさせ、次に、アルカリフォスファターゼ標識したストレプトアビジンをPCR産物に結合させ、最終的にアルカリフォスファターゼとp-ニトロフェニルリン酸による発色反応により検出する方法である。本法ではマラリア原虫が存在すれば黄色に発色し、原虫種の識別や混合感染の判別も容易である。結果の判定までに要する時間は約6時間であり、検出限界は原虫13個/10μl(全血)である2)、3) 。

2.MPH法の結果:1991(平成3)年〜2001(平成13)年1月までに、主に東京大学医科学研究所感染免疫内科を受診した輸入マラリア症例の疑いをもたれた患者、計312名の血液を用いてマラリアの臨床診断を実施した。表1に輸入マラリア症例のMPH法によるマラリアの診断結果を示す。外来または入院患者312名のうち、マラリア陽性は213名、陰性は99名であった。原虫種別の内訳は、熱帯熱マラリア109例(35%)、三日熱マラリア81例(26%)、卵形マラリア16例(5.1%)、卵形マラリアvariant 5例(1.6%)、四日熱マラリア2例(0.6%)、および陰性99例(32%)で、複数の原虫種の混合感染例は全く見出されなかった。顕微鏡法でガメトサイトのみわずかに(104個/μl)検出された患者1例と、発症前の受診で顕微鏡法では原虫を検出できなかったが、受診後4日目に三日熱マラリアを発症した1例を除き、DNA診断結果はすべて顕微鏡法と一致した。なお、同病院における顕微鏡法は一般の施設よりも熟練した検査技師や医師により行われており、一般の施設で顕微鏡法陰性の検体がMPH法で陽性に出ることがありうる。

また、本法は国内の輸入マラリアの診断のみならず、海外長期滞在者の集団検診(1994年、 58名)、ソロモン諸島国の疫学調査(1991年、 1993年、 計130名)4)、ベトナムでの疫学調査(1994年〜1995年、 計229名)、および韓国の臨床例(1997年、 22名)においても実施し、本診断法の有用性が認められている。

おわりに:マラリアの流行地に住んでいる人々は幼時から頻回にマラリアに感染するため、ある程度の後天性免疫を獲得している。そのため、マラリア原虫保有者の半数以上は感染はしていても発症はしていない無症候性感染者であると考えられる。こうした無症候性感染者は媒介蚊に対する原虫の供給源としてマラリアの流行に重要な役割を演じていると推測される。それゆえ、マラリア制圧には原虫を保有している無症候性感染者を根絶する必要がある。そのためには広範囲な集団検診を行って無症候性患者を検出し、陽性者を確実に治療することが不可欠である。

ここで紹介したPCR法を用いたマラリアのDNA診断法は、従来のDNA診断法と比べて簡便性に優れ、感染の有無だけではなく、原虫種の識別を同時に検査できることから、わが国における輸入マラリア症例のみならず、流行地域における集団検診や疫学調査においても有用な手段となると考えられる。

 参考文献
1)Arai, M., et al., DNA diagnosis of ovale malaria and malariae malaria using microtiter plate-hybridization. Nucleotides Nucleotides, 13, 1363-1374, 1994
2)綿矢有佑、マラリアのDNA診断法、臨床DNA診断法(古圧敏行・他監)、 金原出版、1994, 1058-1062
3)綿矢有佑、木村幹男、マラリアのDNA診断、医学のあゆみ、191(1), 67-73, 1999
4)Arai, M., et al., A colorimetric DNA diagnostic method for falciparum malaria and vivax malaria: A field trial in the Solomon Islands, Nucleotides Nucleotides, 15, 719-731, 1996

岡山大学薬学部医薬品情報学講座 綿矢有佑 金 惠淑
国立感染症研究所感染症情報センター 木村幹男

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