熱帯熱マラリア患者由来原虫株のin vitro 薬剤感受性
(Vol.22 p 29-30)

クロロキンは1934年にマラリアの治療薬として導入され、第2次世界大戦をきっかけに広範に使用されるようになり、1950年代には画期的な抗マラリア薬として全世界に定着した。しかし、1957年には早くも世界の2カ所(コロンビアおよびタイ・カンボジア国境)からクロロキン耐性熱帯熱マラリアの出現が認められ、現在ではクロロキンに対する耐性の報告がないのは中央アメリカと中近東の一部だけである。またスルファドキシン/ピリメタミン合剤(ファンシダール)に対する耐性の報告も、東南アジアおよび南アメリカで増えている。メフロキンに対する耐性は今やタイ国においては日常的に認められ、ミャンマーとの国境付近では50%以上がそうであると報告されている。さらには、アフリカ地域におけるメフロキン耐性株の出現も最近報告されだしている。多剤耐性マラリアの治療には、古典的な抗マラリア薬であるキニーネが有効であることが多いが、このキニーネの有効性の低下も東南アジアのいくつかの国やブラジルで報告されている(図1)。これらの疫学的情報はマラリア流行対策上極めて重要であるだけでなく、わが国におけるように、流行地で感染して国内で発症する輸入マラリア患者を診断する上で必須な情報となる。すなわち、薬剤耐性熱帯熱マラリアの適切な治療が遅れると患者は数日で重症化し、しばしば致命的となるからである。マラリアの治療にあたっては、患者の推定感染地と薬剤耐性マラリア流行分布とを合わせて考慮しなくてはならない。

一般に治療薬剤投与後28日以内に再燃をみるもの、さらに定期的な予防内服を行っていたにもかかわらず発症にいたった例を臨床的に薬剤耐性と診断する。しかしこれらの臨床経過は、原虫の薬剤感受性のみならず患者体内における薬剤の吸収、代謝、排泄、さらには患者の総合的免疫力が関与する。一方、感染した原虫が獲得した薬剤耐性度を、宿主の環境から分離して培養条件下で定量的に評価する方法(in vitro 薬剤感受性試験:in vitro テスト)が確立されており、治療薬の選択に直接的に有用な情報を与える。1976年にTragerとJensenが熱帯熱マラリア原虫のin vitro 培養に成功したことを報告し、Rieckmannら(1978)がそれを薬剤感受性試験に応用して以来、in vitro テストには種々の改良がなされ、現在では広く世界で運用可能となってきている。

In vitro マイクロテストは世界保健機関(WHO)によってキット化されている。手法を概略すると、このキットでは96穴の平底マイクロプレートを用い、各穴の底にすでに系列希釈された薬剤が貼り付けてあるので、用意されている培養液(RPMI 1640 LPLF)で希釈した患者血液(指頭より抗凝固剤入り滅菌ガラス毛細管で採血する)を50μlずつ各穴に分注する。プレートをキャンドルジャー内に設置し、低酸素濃度に調整したガス条件下で37℃で24時間培養する。培養が終了したら、各穴より厚層塗抹標本を作製し、乾燥、固定、染色後顕微鏡下で観察する。200個のマラリア原虫を数えるうち、3個以上のクロマチンを有する分裂体が一つも観察されなくなった薬剤濃度(成熟完全阻止濃度:IC100)を求める。クロロキンのIC100が80nM以下であればその原虫は感受性、160nM以上であれば耐性とする。なおWHOが販売するキットには、クロロキンの他、アモディアキン、キニーネ、メフロキン、ファンシダールが用意されている。

In vitro セミマイクロテストは群馬大学医学部寄生虫学教室(鈴木 守教授)で開発され、わが国で臨床試験が行われている手法である。上記WHOマイクロテストとの違いは、24穴のプレートを用い操作が平易になったこと、培養ガス条件はマルチガスインキュベーターで(5%O2、 5%CO2、 90%N2)行うこと、培養時間は薬剤を混入していない対照原虫の成熟が十分に行われた時間を採用(およそ30〜40時間)すること、顕微鏡観察は薄層塗抹標本を用いて詳細な形態観察が行えること、指標にはIC100の他にプロビット法で求めたIC50を用いることなどがある。薬剤は各試験施設で用意しなくてはならないが、本技術は新たな薬剤の開発・スクリーニングなどにおいても有用である。

In vitro テストは基本的にはすべて無菌操作下で行うが、クリーンベンチが無い条件下でも注意深い作業により試験は可能である。しかし、顕微鏡による形態の判定に専門性を有したり、作業がいまだに煩雑な点もあり、現在のところ限られた施設でしか検査を行うことができない。筆者らの研究室では常時in vitro テストを受け付けているが、試験結果が目の前の患者の治療方針を左右することも稀でない。わが国における有効なマラリア治療薬の導入が限定されるなか、適切なマラリア患者の治療に本試験の必要性が高まるものと考える。

国立国際医療センター研究所 狩野繁之 畑生俊光

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