セラチア院内感染事例−堺市
(Vol.22 p 38-40)

2000(平成12)年6月30日、堺市保健所は市内のM病院より「同一病棟において3名のセラチアによると思われる敗血症例が発生し、うち1名が死亡した。」との院内感染疑い事例発生の報告を受けた。保健所は同日M病院に対して立ち入りを行い、直ちに実態解明に向けた調査を開始した。2000年5月〜6月にかけて5病棟にわたって15名のセラチア陽性患者(表1)が認められており(調査期間中にうち8名の死亡を確認)、感染拡大防止目的でのセラチア陽性者の隔離等の指導を調査と並行して行った。7月19日からは国立感染症研究所実地疫学専門家養成コース(FETP)の要員4名も実地調査に加わり、M病院に対する疫学調査は8月18日まで行われた。以下に、今回の事例に対する調査によって得られた結果の概略を示す。

2000年5月〜6月の間のセラチア陽性入院患者15名のうち血流感染者は5名であり、全員が死亡していた。そのうち4名は調査の結果、先行する他部位でのセラチア感染巣の認められない一次性血流感染と判定された(表2)。4名中3名(ID番号1、3、5)は同一の病棟に入院し、6月の5日間に相次いでセラチアによる敗血症を発症していた。死亡者の中で唯一菌株が得られたこの3名由来のセラチアに対するパルスフィールド・ゲル電気泳動法(PFGE)によるDNA解析では、その泳動パターンは一致しており、これらは同一の感染源による集団感染と結論された。3名に共通する点滴・注射薬やその実施者は調査の結果認められず、感染伝播経路を解明するには至らなかった。ただ、3名に共通するものとして、末梢静脈留置針・留置経路の比較的長期間の留置(7、12、13日間)があり、同経路の汚染が感染原因である可能性が高いと考えられた。

1999年7月〜2000年6月の1年間にM病院の入院患者中71名から、計226検体のセラチアが分離されていた。内訳は喀痰陽性52名、血液検体陽性10名、中心静脈留置カテーテル由来検体陽性2名等であった。その中の52名の喀痰陽性例をもとに、セラチアの呼吸器系への定着・感染を起こす危険要因を明らかにするために、症例対照研究が行われた。その結果、呼吸器系への治療およびケアであるネブライザーの使用、口腔・鼻腔吸引操作、気管内挿管、人工呼吸器装着や、さらに宿主側の要因である高齢(80歳以上)、中心静脈栄養カテーテル留置、尿道カテーテル留置、寝たきりなどが危険因子としてあげられた(表3)。その中で、特に呼吸器系への医療行為である超音波ネブライザーの使用、口腔・鼻腔吸引、そして口腔ケアについては、その行為の期間および頻度が危険度と関連していた。超音波ネブライザー薬液内からは複数回の検索においてセラチアが検出されており、セラチア感染の伝播経路であった可能性が高いと考えられた。

医療行為および手技の観察・聞き取りの結果からは、末梢静脈留置針・留置経路の維持・管理法、超音波ネブライザーの消毒・管理・運用方法、口腔・鼻腔吸引操作手技の他に、50%イソプロピルアルコール浸漬綿の管理・運用方法、ガウンテクニックおよびガウンの保管・保清方法、点滴作製場所の保清、そして手洗い手順とその基準等について、それぞれ問題点が指摘された。

以上より、M病院では2000年6月に3例のセラチアによる院内集団感染が発生し、また1999年7月〜2000年6月にわたって呼吸器系へのセラチア院内感染の可能性があったとの結論に達した。

上記調査結果および専門調査班からの勧告を受けて、堺市ではM病院の院内感染対策委員会の活動を支援するとともに、同委員会が活発に活動し、同委員会が作成した院内感染管理基準が着実に実施されているかを見守っている。また、市内の医療機関における院内感染対策のレベルアップを支援し、そのネットワーク化を目指して活動を行っている。

なお、本事例の専門調査班報告書(2000年9月3日付)は堺市のホームページ上http://www.city.sakai.osaka.jp/ で閲覧可能である。さらに堺市では2000年12月に「セラチアによる院内感染事例報告書」を発行した。調査の詳細についてはこちらを参照されたい。全国の行政機関には広く配布予定であるが、希望があれば実費にて購入可能(窓口:堺市市民環境局市民生活部市政情報センター TEL 0722-28-7439)である。

堺市保健所   岡澤昭子 安井良則 池田和功 今井龍也
堺市衛生研究所 田中智之
国立感染症研究所実地疫学専門家養成コース(FETP)
中瀬克己 藤井逸人 ミカエル M.クレーマー
国立感染症研究所感染症情報センター 高橋 央 岡部信彦

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