タイにおけるHIVワクチン開発
(Vol.22 p 109-110)
AIDSが1981年に発見され、HIVがその原因ウイルスであることがわかってから約20年が経過し、一昨年までに約30種のHIV候補ワクチンがPhase Iトライアルに入った。その後、アフリカ、中国、南アメリカ等で10数個のワクチンのPhase Iトライアルが始められた。その特徴として一昨年までのものは欧米で伝播しているクレイドBウイルスを対象にしたワクチン開発であったのに対し、それまで経験のなかったタイプE、A、Cを対象にした臨床トライアルが始まりつつあることが挙げられる。しかし、Phase IIIトライアルはただ一つであり、Phase IIに到達しているトライアルについても数個であり、HIVワクチン開発の困難さを示している。Phase IIIトライアルの最初の結果は今年の終わり頃に、全体の結果は2003年の初めまでに報告されることになっている。
タイはWHOが指定したワクチントライアルの4つの候補地のうちの1つになっており、最も盛んにワクチン開発の臨床試行が行われている。表に示すように最初のワクチン開発は1993年MN型V3ブランチペプチドワクチンである。治療用ワクチンはHIV gp120蛋白を除去した不活化ウイルス粒子(REMUNE)を抗原に用いたもので、Phase IIが終わり、Phase IIIの可能性を検討中である。現在、VaxGenのPhase IIIトライアルと、カナリポックス+gp120を組み合わせたPhase II臨床試行が進行中である。
日本との協力によるタイAIDSワクチンプロジェクトは、約30年前から続いているタイ国NIH支援プロジェクトをベースにして、6年前からJICA AIDSプロジェクトが進められている。同プロジェクトはタイ北部パヤオ県におけるHIV公衆衛生プロジェクトと、NIHのHIV診断・検査プロジェクトによって構成されている。タイAIDSワクチン開発研究プロジェクトは、日本の国立感染症研究所および科学技術庁・科学技術振興事業団と、タイ保健省(医科学局)、マヒドン大学、チェンマイ大学、チュラロンコン大学のAIDS研究者などとの共同研究で、1998年3月にスタートし、5年間の予定になっている。このプロジェクトの目的はタイで伝播しているHIVウイルスに対する有効なワクチン開発が可能かどうかを検討し、その効果が期待できれば臨床試行の可能性を検討することであり、日本に近い東南アジアおよび東アジアで急速に伝播しているHIVウイルスの感染地域の中心がタイにあることによる。HIVウイルスは多様性に富んでおり、各地域で伝播しているウイルスを標的にしたワクチン開発が必須であることから、本プロジェクトは1)生物学的エピトープの解析、2)細胞性免疫の解析、3)液性免疫能の解析、4)ワクチンの設計と構築、5)小動物による評価、6)サルモデルによる評価、の6つのサブプロジェクトよりなる。
この共同研究のもとにタイのウイルス野生株を解析することを含めてワクチンの開発研究を進めている。このプロジェクトの基本となるワクチンはBCGやワクシニアDIs株を用いた組換え型のワクチンであり、そのアイディアはBCGやワクシニアがヒトに用いられている細菌性、ウイルス性ワクチンでありワクチン開発に有用な情報が既に蓄積されていることによる。さらに、製造実験設備が世界的規模で充実しており、安価で安定したワクチンを供給できることにある。しかしながら、現在抱えているHIVワクチン開発の問題点はこのプロジェクトの問題点でもあり、その主なものとして1)ウイルスに対する免疫誘導の指標がいまだに明確でない、2)ウイルスの変異の解析が不十分で、対応策が明確でない、3)動物モデルの開発が不十分であることなどが挙げられる。HIVワクチン開発は弱毒HIV生ワクチンの効果や長期未発症者の存在やこれまでのワクチン開発研究から可能であり、数年前から世界的規模でワクチン開発研究が行われておりその成果が得られつつある。タイAIDSワクチン研究開発プロジェクトでは今年4年目に入り上記のベクターをベースにしたものにDNAを加えてHIV候補ワクチンが作製され、そのサルによる評価が行われている。現在、ワクシニアDIs株を用いたHIV候補ワクチンのサル/AIDSモデルでの防御効果が明らかになっており、rBCGワクチンの防御能の評価が検討されつつある。今後、タイ野生株に効果的に防御免疫誘導を起こすことが期待できるワクチンレジメンの開発および検討を行い、これらの成果をもとにして臨床試行の可能性を討論する予定である。最近、DNAワクチンで免疫し、ワクシニアMVA-HIVワクチンでブースターをかけることにより、サル/AIDSモデルで防御能の誘導が報告されており、これらの成果と比較検討しながら、ワクチン開発の可能性を討論する時期になっている。
国立感染症研究所
エイズ研究センター第一研究グループ 本多三男