老人保健施設における肺炎クラミジア感染症の集団感染−山口県
(Vol.22 p 144-145)

2000年9月23日発行の日本医事新報(第3987号)において、 2000年2月以降山口県長門環境保健所管内の特別養護老人ホームA(特養A)で発生した肺炎クラミジアの集団感染事例が同嘱託医師により報告された。その後、 同医師より報告を受けた山口県健康福祉部から国立感染症研究所感染症情報センターに技術協力依頼があり、 同年10月24日〜11月2日の間、 疫学調査が実施された。

1999年12月1日〜2000年4月30日の間に、 咳、 喘鳴、 咽頭痛、 声がれ、 鼻水、 鼻づまりのいずれか一つでも新たに発症した入所者および職員を肺炎クラミジア(Chlamydia pneumoniae C.pn と略)感染疑い症例と定義し、 検査室診断(C.pn 培養、 血清抗体検査)の得られた症例は確定例とした。明らかに他疾患の診断がついた場合は除外した。疫学調査の結果、 特養Aの入所者59名(男12名、 女47名)中31名(発症率53%)、 職員43名中9名(同22%)がC.pn 感染疑い症例と考えられた。うち、 確定例は入所者15名、 職員2名であった。無症状者を含め、 C.pn の咽頭培養を実施した入所者39名中25名(64%)、 職員21名中5名(24%)が培養陽性であった。症例の発症日は1999年12月28日〜2000年3月31日までであった。入所者の症例における男女比は男性8名、 女性23名で、 性別発症率は男性67%、 女性49%であった。年齢中央値は症例87歳、 非症例85歳であった。発症日別症例数を観察すると、 第1症例(12月28日)より24日後および50日後にピークが見られ、 感染の広がりは比較的遅かったと思われた。また、 潜伏期は9〜26日と推定された。気管支炎や肺炎を発症、 もしくは酸素投与を必要とした重症例は15例で、 うち1例が死亡した。職員に重症例はいなかった。

入所者における感染の危険因子は症例対照研究によって検討を行った。サンプル数が少ないこともあり、 評価を行ったいずれの要因でも統計学的有意差は得られなかった。オッズ比が2を超えた要因は男性であること(OR=2.4、 p=0.45)、 自力歩行可能であること(OR=2.4、 p=0.19)、 食事介助不要であること(OR=3.1、 p=0.095)、 居室以外の特定の場所(遊戯室、 洗濯室)に行く頻度が高いこと(OR=3.5、 p=0.057)であり、 介助が不要で活動的な入所者が感染を受けやすかった可能性が示唆された。要介護者の発症率が低かったことから、 介護看護従事職員を介した感染の寄与は大きくはなかったと思われた。

入所者症例における重症化に関する危険因子は後方視的コホート研究によって検討を行った。いずれの要因でも統計学的有意差は得られなかったが、 85歳を超える高齢であること、 要介護であることにより、 重症化率は約2倍になる傾向がみられた(各p=0.095、 p=0.08)。性別、 年齢、 要介護による交絡は否定的であった。

職員における感染の危険因子は後方視的コホート研究によって検討を行った。職業内訳は、 医師1名、 看護・介護従事者19名、 事務7名、 調理・栄養士7名、 デイケア従事者7名であった。評価を行った要因の中で、 「業務上の入所者との接触」が統計学的有意に危険因子であると結論された(リスク比∞、 p=0.04)。調理・栄養士は配膳・下膳時に入所者との接触があった。入所者と直接接触のなかった事務、 デイケア職員では症例が見られず、 発症者との接触のあった人でのみC.pn 感染が起こったと思われた。職員の家族 110名において、 流行期間内の呼吸器感染症は6名(発症率5.5%)で見られたが、 職員症例30名の家族(発症者4名)が、 非症例の家族80名(発症者2名)に比べて呼吸器感染を起こしやすい傾向が見られ(p=0.06、 Fisher法)、 C.pn 集団感染の施設外への拡大が示唆された。

入所者の44名(75%)はインフルエンザワクチンを2回接種していた。その後、 インフルエンザと思われる集団感染は認められなかった。さらに、 上記解析疫学において、 インフルエンザワクチン接種はC.pn 感染や重症化の防御因子とは考えられず、 今回の集団発生におけるインフルエンザの寄与は大きくはなかったと考えられた。C.pn 感染は日常の活動性の高い入所者が感染しやすく、 重症化は要介護者に多かったことが示唆され、 感染拡大防止対策に加えて、 重症化のリスクが高い者への対策が必要であると考えられた。症例31名のうち死亡した1例以外はC.pn 感染の軽快をみたが、 治療に使用された抗菌薬は、 種類や開始時期、 使用期間が多様で、 治療効果の評価は行えなかった。看護介護記録や訪問者記録から特定の感染源を推定することはできなかったが、 第1症例および第2症例は、 発症1〜4週前に施設外からの訪問や外出が認められ、 部外者との接触後に集団発生が始まった可能性が推察された。

肺炎クラミジア感染症は頻度の高い呼吸器感染症であるといわれるが、 C.pn と呼吸器感染との関連が研究され始めたのが1980年代以降であり、 疫学や感染予防、 治療、 集団発生時の効果的な対応など過去の知見が乏しい。今回の集団発生では入所者の半数以上が発症しており、 高齢者施設における呼吸器感染症として肺炎クラミジア感染症は今後注意すべき疾患であると思われる。総合的な感染症対策のためには、 今後のさらなる研究の蓄積が必要である。

国立感染症研究所感染症情報センター
実地疫学専門家養成コース(FETP-J)
中島一敏 田中 毅
国立感染症研究所感染症情報センター
高橋 央 大山卓昭 ミカエル・クレーマー
岡部信彦
国立感染症研究所ウイルス第一部 岸本寿男
戸嶋医院  戸嶋裕徳
山口県長門健康福祉センター 三輪茂之 野村 孜

今月の表紙へ戻る


IASRのホームページに戻る
Return to the IASR HomePage(English)

idsc-query@nih.go.jp

ホームへ戻る