原虫性下痢症症例報告
(Vol.22 p 161-162)

クリプトスポリジウム症やジアルジア症などの原虫性下痢症は、 糞便中に排出されたオーシストあるいはシストとの接触、 あるいは食品・水媒介性に感染することが知られているが、 散発例では感染源はほとんど不明である。海外渡航歴がない国内例および海外旅行で感染したと考えられる例を提示する。

症例1:43歳男性、 主訴:下痢。

現病歴:2000年11月17日より水様性下痢5〜10回/日、 11月24日水様性下痢10回以上/日、 腹痛、 悪心、 嘔吐、 発熱38℃となり、 11月25日近医受診。整腸剤、 蠕動抑制薬、 止瀉薬、 制酸剤を投与されたが、 下痢が続き、 1週間で体重が8kg減少した。11月28日当院に紹介された。
既往歴:尿路結石。
生活歴:市内に在住、 海外渡航歴はない。2000年10月中旬に家族ほか10数名と神奈川県丹沢湖上流でオートキャンプをしたが、 水は飲用しなかった。同行者には発病者はいない。市内のスポーツクラブで定期的に水泳、 自宅では浄水器付き水道水を使用、 犬を1匹飼っている。
受診時検査所見:WBC 10,160/μl (N 58、 Ly 29、 Mo 5、 E 5、 B 1、 A.Ly 2%)、 Hb 16g/dl、 Plt 40.5×104/μl、 TP 8.2g/dl、 T.Bil 0.4mg/dl、 GOT 15IU/l、 GPT 18IU/l、 BUN 8.2mg/dl、 CRN 0.81mg/dl、 UA10.9mg/dl、 Na 140mEq/l、 K 3.8mEq/l、 Cl 115mEq/l、 CRP 0.3mg/dl。
糞便培養;腸管系病原菌陰性。糞便鏡検;ランブル鞭毛虫(ジアルジア)栄養型、 シスト陽性。
受診後経過:急性腸炎の診断でレボフロキサシン300mgと整腸剤を処方され、 下痢は5回/日となった。11月30日糞便鏡検にてジアルジア栄養型、 シストが検出されたため、 メトロニダゾール750mg/日を10日間投与し、 下痢は消失した。

症例2:23歳女性1)、 主訴:発熱、 下痢。

現病歴:1997年8月28日〜9月6日までの10日間、 1人でネパールを旅行した。現地滞在中ホテルの水道水や川の湧き水を飲んだ。帰国後9月14日より1日1〜2回の軟便が出現したが、 放置していた。9月27日より連日39℃台の発熱が持続し、 近医からの紹介で10月1日入院した。
既往歴:特記すべきことなし。
入院時身体所見:体温39.9℃、 脈拍 112回/分・整、 血圧 118/60mmHg、 意識清明、 結膜に貧血、 黄染なし。咽頭粘膜の発赤なし。表在リンパ節を触知せず、 皮膚に発疹を認めず。心音、 呼吸音は正常。腹部では腸雑音は軽度亢進しているが、 圧痛、 反動痛は認めず。四肢に浮腫を認めず。神経学的には異常所見を認めず。
入院時検査所見:WBC 2,800/μl、 Hb 13.6g/dl、 Plt 12.0×104/μl、 T.Bil 0.81mg/dl、 γ-GTP 93IU/l、 ALP 574IU/l、 GOT 38IU/l、 GPT 40IU/l、 LDH 638IU/l、 TP 6.1g/dl、 Alb 3.4g/dl、 BUN 10.6mg/dl、 Cr 0.83mg/dl、 Na 130mEq/l、 K 3.5mEq/l、 Cl 96mEq/l、 CRP 19.1mg/dl。
血液塗抹標本;マラリア原虫陰性。血液および糞便培養;パラチフスA菌陽性、 糞便鏡検;ジアルジアシスト陽性。
入院後経過:入院時の血液および糞便培養よりパラチフスA菌が検出され、 パラチフスと診断した。直ちにシプロフロキサシン(CPFX) 600mg/日の投与を開始したところ、 4日後には解熱し、 下痢も改善した。入院時の糞便鏡検にてジアルジアシストが検出されたため、 CPFX投与終了後10月17日よりメトロニダゾール750mg/日を1週間投与した。10月20日以降糞便鏡検でジアルジアは消失した。しかし、 10月30日の糞便鏡検においてイソスポーラ(Isospora belli )のオーシストが検出された。症状は改善していたため退院し、 ST合剤8錠/日を10日間投与した。ST合剤開始以降イソスポーラのオーシストも検出されず、 パラチフス、 ジアルジア症、 イソスポーラ症とも治癒と判定した。

症例3:19歳男性、 主訴:下痢。

現病歴:2001年3月2日〜4月3日までバングラデシュ、 インドを旅行した(3月2日〜3月10日バングラデシュ、 3月11日〜4月3日インド)。インドでは食堂の水や井戸水などを飲んでいた。3月20日インド滞在時1日5〜6回の水様性下痢、 38℃台の発熱が出現した。3月22日インドの病院で細菌性腸炎の診断で点滴を受け、 抗菌薬を処方された。2日間内服したところ症状は改善した。帰国直前の4月2日から再び1日1〜2回の泥状便が出現した。帰国後も同様の症状が持続するため4月9日受診した。
ワクチン歴:今回の旅行前にA型肝炎、 破傷風、 狂犬病のワクチン接種。マラリア予防内服せず。
既往歴:特記すべきことなし。
受診時検査所見:WBC 4,990/μl、 Hb 13.4g/dl、 Plt 24.6×104/μl、 T.Bil 0.4mg/dl、 γ-GTP 15IU/l、 ALP 133IU/l 、 GOT 22IU/l、 GPT 20IU/l、 LDH 177IU/l、 TP 7.4g/dl、 Alb 4.4g/dl、 BUN 13.9mg/dl、 Cr 0.70mg/dl、 Na 142mEq/l、 K 4.6mEq/l、 Cl 103mEq/l、 CRP 0.0mg/dl
糞便培養;腸管系病原細菌陰性、 糞便鏡検;クリプトスポリジウム(Cryptosporidium parvum )オーシスト陽性。
受診後経過:旅行者下痢症の診断で糞便培養、 鏡検を施行し、 CPFX 600mg/日を3日間投与した。下痢は3日ほどで改善したが、 初診時(4月9日)の糞便鏡検にてクリポトスポリジウムのオーシストが検出された。4月12日の糞便鏡検でもクリプトスポリジウムは陽性であった。根本的な治療法はないこと、 すでに下痢は改善していることより経過観察とした。5月14日および6月11日の2回糞便鏡検を繰り返したが、 いずれの検体からもクリプトスポリジウムは検出されず、 治癒と判定した。

考察:症例1は国内発生のジアルジア症である。湖上流でのオートキャンプ、 スポーツクラブでの水泳、 浄水器付き水道水などが水に関するエピソードであるが、 本症との関係は不明である。HIV感染者以外では本症単独の入院例はなく、 これほど激しい下痢が出現することは少ない。給食関係者の検便や老人検診で発見されることもある。

症例2はパラチフスによる発熱があったために入院、 精査の結果ジアルジア症とイソスポーラ症が判明した。下痢が軽度であっても、 現地における食品とともに、 飲水や、 水泳・水遊びなどについて問診すること、 細菌培養ばかりでなく鏡検を実施することが診断に結びつくことを示唆している。

症例3は海外旅行で感染したと考えられるクリプトスポリジウム症である。本症に有効な治療薬はない。本症例ではCPFX投与後に下痢が改善しているが、 糞便培養では腸管系病原細菌は陰性であり、 下痢の改善は抗菌薬の効果というより自然経過と考えられた。糞便鏡検では1カ月後にはオーシストは検出されず、 健常者における本症としては比較的典型的な経過と考えられる。

 参考文献
1)坂本光男、 足立卓也、 相楽裕子他:Giardia lamblia Isospora belli を検出した輸入パラチフスの1例、 感染症誌1998;72:1317-1320

横浜市立市民病院感染症部 相楽裕子 坂本光男
神奈川県衛生研究所 黒木俊郎
国立感染症研究所  遠藤卓郎

今月の表紙へ戻る


IASRのホームページに戻る
Return to the IASR HomePage(English)

idsc-query@nih.go.jp

ホームへ戻る