原虫性下痢症の発生動向
(Vol.22 p 162-163)

急性腸炎(下痢症)は今日のわが国で高頻度に遭遇する疾患であり、 6〜10月の食中毒の好発シーズンにはこれらの症例から主として腸炎ビブリオ、 病原大腸菌やサルモネラなどの細菌が、 冬季には小型球形ウイルス(SRSV)などのウイルスが検出される。これに対し、 原虫による下痢症の実態はほとんど知られていない。クリプトスポリジウムとランブル鞭毛虫(ジアルジア)はともに水系感染による集団発生が問題になるが、 現在のわが国の医療現場では必ずしも十分な検査が行われているとは言えない。以下にこれら2原虫種による散発性下痢症に関し臨床医の視点からの概説を試みる。

 1.クリプトスポリジウム
本原虫は免疫機能が正常な宿主に一過性の非血性下痢症を、 AIDSをはじめとする免疫不全宿主には難治性、 再発性、 致死性下痢症を発症させる。

都立駒込病院を受診した下痢症患者の糞便での集計成績を表1に示す。検討期間は1990年〜2000年の11年間であり、 癌と感染症の専門病院という特殊な背景下での患者群を対象としたプロスペクティブスタディーである。この間に症例数は1,257例記録された。表中では原虫陽性検体数を( )内に示したが、 陽性率が経年的に上昇していることが分かる。すなわち、 症例全体で見れば1990〜96年までの7年間に4/464例(0.9%)が原虫陽性であったが、 1997年以降の4年間では18/793例(2.3%)と検出率が上昇した。これら症例の推定感染地・背景を海外感染例、 国内感染例、 HIV/AIDS症例に分けて検討してみると、 最も感染率が高かったのは海外感染症例であり、 全期間を通じて3.5%であった。このうち1990〜96年の症例では2/199例(1.0%)だったが、 1997年以降の症例は16/309例(5.2%)と検出率が著しく上昇した。推定感染地としてはインド・ネパール・パキスタン(6.4%)が最も高率で、 次いでインドネシア、 タイなどが列挙された。国内感染例605症例からはクリプトスポリジウム陽性例は報告されなかった。表中の外来症例は食中毒をはじめとする散発下痢症例、 入院症例の多くは悪性腫瘍等の基礎疾患を有し、 その診療経過中に下痢を発症した症例を意味する。なお、 今回の検討範囲内には国内感染症例は報告されなかったが、 2001年の検討では陽性2症例が検出されている(未発表)。

HIV/AIDS症例では2.9%(4/140例)が本原虫陽性であり、 全例がAIDS発症者であった。このうち1996年までの2症例は難治性・重症下痢症を伴い死亡したが、 抗エイズ薬の投与法が確立した1997年以降の2症例は免疫機能の回復とともに下痢症は治癒し、 その後社会復帰を果たした。

 2.ジアルジア
第二次世界大戦敗戦後の混乱期である1949〜56年の日本人のジアルジア感染率は2〜7%程度であったと記録されているが、 衛生環境が著しく向上した今日では国内感染者を見ることはまれである。この原虫は正常宿主に非血性下痢、 腹痛、 悪心、 鼓腸、 脂肪便などの症状をもたらす。クリプトスポリジウムと異なり、 AIDSなど細胞免疫不全宿主では下痢症は必ずしも重症化しない。

表2に全国の旧都市立伝染病院に入院した症例での本原虫の検出状況を示す。1999年4月から感染症法が施行され、 これら病院への入院症例数が減少したが、 1990〜2000年の11年間に合計9,713症例の腸管感染症症例が入院し、 このうち98症例からジアルジアが検出された。そのうち88症例は海外感染症例であり、 10例が国内・不明であった。海外での感染地としてはインド亜大陸が多い。なお、 国内症例の中にはわが国の男性同性愛者間での性感染症症例の多くが含まれる。

以上に臨床でのクリプトスポリジウムとジアルジアの検出状況を報告した。これら原虫の検出率はそれほど高いものではないが、 とくに、 発展途上国からの帰国者や男性同性愛者、 HIV感染者、 さらにクリプトスポリジウムでは畜産関係者などが現時点での感染のハイリスクグループと考えられる。下痢患者の診療にあっては原虫症である可能性をも考えた検査計画が必要と考える。

東京都立駒込病院感染症科 増田剛太

今月の表紙へ戻る


IASRのホームページに戻る
Return to the IASR HomePage(English)

idsc-query@nih.go.jp

ホームへ戻る