関西地方で発生した低脂肪乳等による大規模食中毒事件−大阪府のブドウ球菌エンテロトキシンの検査
(Vol.22 p 190-191)

エンテロトキシン検出の経緯

2000(平成12)年6月末〜7月初めにかけて、 低脂肪乳等による大規模食中毒が関西地方を中心に発生した。低脂肪乳中のブドウ球菌エンテロトキシン(SE)を酸処理、 クロロホルム処理により抽出、 PD-10カラムによるゲルろ過後にロータリーエバポレータで蒸発乾固する方法で20倍濃縮した。エンテロトキシンA(SEA)の添加実験(0.5ng/ml)で回収率は約50%と計算された。低脂肪乳を濃縮した検体からSEAを検出し、 7月2日に発表した。

大阪府警から鑑定依頼された4月10日製造の脱脂粉乳2検体から、 上記の方法で約4ng/gのSEAを検出した(8月18日発表)。大阪府警は即座に複数の場所に出荷された大量の当該関連製品の移動禁止処分を行ない、 脱脂粉乳による食中毒被害のさらなる拡大を防止した。

今回の事件で行った他の検査法は、 イオン交換樹脂に毒素を吸着させる、 いわゆるバッチ法である。低脂肪乳や脱脂粉乳(10%溶液)では 200倍濃縮、 成分無調整乳では100倍濃縮してもSET-RPLA(デンカ生研)で非特異反応がなかった。SEA 0.5ng/ml)の添加実験で回収率はそれぞれ約70%と約60%であった。バッチ法で約200倍濃縮した低脂肪乳や脱脂粉乳からSEB〜SEEは検出されず、 今回の食中毒原因毒素はSEA単独であると判定した。

低脂肪乳からのエンテロトキシン検出結果

検査した低脂肪乳43検体中36検体からSEAを検出した。36検体中有症者の飲み残しは31検体であった。その品質保持期限は6月30日と7月2日および7月3日だけであった。SEAの定量にはVIDAS(ビオメリュー)を使用した(図1)。品質保持期限7月2日の低脂肪乳中のSEA濃度が2つのグループに分かれたのが特徴的である。平均SEA濃度は7月2日の検体がもっとも高く(0.31±0.054ng/ml)、 6月30日がやや低かった(0.28±0.013ng/ml)。7月3日は1検体を除き両日の約1/3程度の濃度であった(0.10±0.015ng/ml)。有症者の発生率とSEA濃度の間には関連があった。SEA濃度が1ピークでない結果は、 製造ラインでの事故ではなく原材料に原因があることを強く示唆する。低脂肪乳を飲んで食中毒症状を訴えたが、 SEAを検出しなかった例が4検体あった。

合計44名の有症者のうち37名のSEA 摂取量は20〜100ngの範囲であった(図2)。10歳以下の若年者の有症者数が他の年齢層に比べて多かった。潜伏時間が6時間以上、 あるいは嘔吐がなかった有症者が10名存在した。過去のSEAの最小発症量(94〜184ng)の報告は、 1985年に発生した殺菌処理されたチョコレートミルクが原因の米国の事例である(発症率30%以上)。今回の低脂肪乳の事件はこの最小発症量を書き換えたのは間違いない。少ないSEA摂取量は低発症率(高く見積っても数%)を反映していると考えられる。

現在公衛研で実施している簡易型バッチ法の基本操作

酸処理:2N塩酸でpHを4.5に調整、 室温に10分間放置後に遠心する。
中和:2N水酸化ナトリウムでpHを6.8に調整する。
クロロホルム処理:等量のクロロホルムを加え混合後に遠心する。
上清のバッファ交換:0.01Mリン酸緩衝液pH 6.0で平衡化したPD-10 カラムで上清(計 7.5ml)をゲルろ過する。ろ液はPD-10エンプティカラムに採取する。
バッチ:0.01Mリン酸緩衝液pH 6.0で膨潤したSP-Sephadex C-50あるいはCM-Sephadex C-50を0.5ml加え、 ロータリーミキサーで30分間撹拌する。
洗浄:0.01Mリン酸緩衝液pH 6.0約10mlで2回洗浄する。
溶出:0.2M食塩加0.1Mリン酸緩衝液pH 7.5を 0.5ml加え、 室温に10分間放置後(時々軽く混和)溶出する。SET-RPLAで25μlの希釈列を50μlあるいは100μlにすると感度が2倍、 4倍に上昇する。
酸処理〜クロロホルム処理の過程を食品の成分の特性により変更すれば、 液体食品(低脂肪乳、 成分無調整乳、 乳飲料、 ヨーグルト、 乳酸菌飲料、 アイスクリーム、 ラクトアイス)で0.05ng/ml、 固形食品(脱脂粉乳、 バター、 チーズ)で0.5ng/ml以下のSEの検出が可能であった。現在その他の食品についても検討中である。

セレウス菌嘔吐毒素の検査を快くお引き受け頂きました名古屋市衛生研究所・兒嶋昭徳所長および安形則雄博士、 精製SEをご提供頂きましたデンカ生研・杉山純一博士に深謝致します。SE検査法の開発には大阪市立環境科学研究所・小笠原 準博士および勢戸祥介博士の御協力を得た。

大阪府立公衆衛生研究所
浅尾 努 河合高生 久米田裕子 依田知子 川津健太郎
神吉政史 柴田忠良 浜田勝幸 織田 肇

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