平成13年度(2001/02シーズン)インフルエンザHAワクチン製造株の選定について
(Vol.22 p 217-219)
厚生労働省健康局長の依頼に基づいて、 2000年10月〜2001年4月にかけて、 国立感染症研究所において平成13年度(2001/02インフルエンザシーズン)に使用されるインフルエンザHAワクチンのワクチン製造株選定会議が4回開催された。その際に、 2001年2月に開催されたWHOワクチン株選定会議の討議内容と推奨株の性状、 国内外のインフルエンザ流行状況、 分離ウイルスの抗原解析および遺伝子解析の成績、 免疫誘導能、 発育鶏卵での増殖性、 抗原性の安定性等のワクチン製造効率が検討された。これらの成績を総合的に検討して、 次シーズンの流行予測を行い、 それに基づいたワクチン製造株を選定し、 その結果を厚生省に報告した。
平成13年度(2001/02シーズン) インフルエンザHAワクチン製造株
A/New Caledonia/20/99(H1N1)「Aソ連型」
A/Panama/2007/99(H3N2)「A香港型」
B/Johannesburg/5/99 「B型」
2000/01シーズンのインフルエンザは、 世界的にも例年に比べて約1/10程度の小規模な流行であった。欧米諸国ではA/H3N2(香港)型の流行がほとんど見られず、 A/H1N1(ソ連)型が主流を占め、 これにB型が約1/3を占める流行であった。わが国においても、 流行の開始が1月下旬と例年よりも遅く、 規模も例年に比べて1/5 〜1/3程度と小さかった。分離ウイルスについては、 A/H3N2(香港)型の比率が欧米に比べて多いものの、 全体の分離株数は例年の約1/3と少なかった。分離ウイルスの内訳は、 A/H1N1型:A/H3N2型:B型=2:1:2の比率であった。
1)A/New Caledonia/20/99(H1N1) 「ソ連型」
世界的には、 A/H1N1型は1999/2000シーズンに引き続いて2000/01シーズンの主流となっていた。国内外の流行ウイルスに対する抗原解析の結果、 2000/01シーズンのワクチン推奨株であるA/New Caledonia/20/99(H1N1)類似のウイルスが主流を占め、 抗原変異株の出現は少なかったことが報告された。このことから、 2001/02シーズンのA/H1N1「ソ連型」の流行の主流は、 A/New Caledonia/20/99(H1N1)類似のウイルスであることが予想された。従って、 WHOでは2001/02北半球シーズンのワクチン株として、 昨シーズンに引き続きA/New Caledonia/20/99(H1N1)様ウイルスを推奨した。
わが国では、 A/H1N1「ソ連型」ウイルスは1995/96シーズン以来比較的大きな流行を繰り返してきたが、 1999/2000に引き続き2000/01シーズンもインフルエンザ流行の主流を形成した。国内で分離されたウイルスの95%以上が同シーズンのワクチン株A/New Caledonia/20/99(H1N1)株と抗原性の類似したウイルスであり、 大きく抗原性がずれた変異株はほとんど報告されていない。また、 遺伝子塩基配列上からも、 従来の遺伝子型グループからはずれたウイルスは見つかっていない。従って、 わが国においても、 2001/02シーズンにA/H1N1「ソ連型」が流行した場合には、 引き続きA/New Caledonia/20/99(H1N1)株類似のウイルスが流行の主流となることが予想される。
一方、 感染症流行予測調査事業による一般健康人における抗体保有調査の結果、 全年齢層においてA/New Caledonia/20/99(H1N1)に対する抗体保有率および抗体価が低いことが明らかとなり、 この株に対する免疫増強の必要性が示された。また、 A/New Caledonia/20/99(H1N1)株を含む2000/01シーズン向けワクチンの接種を受けた成人〜高齢者における抗体応答を調べた結果、 ワクチン株のみならず、 HI試験で4倍程度ずれた抗原変異株に対しても高い交叉反応性を持つことが示された。さらに、 A/New Caledonia/20/99(H1N1)株は、 昨シーズンの実績から、 発育鶏卵における増殖性、 免疫原性、 継代に伴う抗原的安定性など、 ワクチン製造上にも問題がないことが示された。
以上から、 平成13年度(2001/02シーズン)のA/H1N1「ソ連型」のワクチン製造株として、 昨年と同様のA/New Caledonia/20/99(H1N1)株が選定された。
2)A/Panama/2007/99(H3N2)「香港型」
世界的には、 A/H3N2型の流行は非常に小さく、 ウイルスがほとんど分離されなかった地域もあった。各地における分離株についての解析結果では、 昨シーズンのWHOワクチン推奨株であるA/Moscow/10/99(H3N2)類似株がほとんどを占めており、 変異株の出現頻度は低かった。従って、 A/H3N2「香港型」が近く終焉を迎えるとの推測もある一方で、 2001/02シーズンにおけるA/H3N2「香港型」流行の主流は、 A/Moscow/10/99(H3N2)類似のウイルスであることが予想される。そこで、 WHOでは2001/02北半球インフルエンザシーズンに対するワクチン株として、 昨シーズンに引き続きA/Moscow/10/99(H3N2)様ウイルスを推奨した。
ワクチン製造には発育鶏卵におけるウイルスの増殖性が大きな条件となるが、 A/Moscow/10/99(H3N2)株は発育鶏卵での増殖性が低く、 ワクチン製造株には不適である。そこで、 各国で検討した結果、 この株と抗原性が類似しており、 かつ増殖性が高いA/Panama/2007/99(H3N2)株が、 わが国を含む多くの国において、 昨シーズンのワクチン製造株として採用された。
わが国における2000/01シーズンのA/H3N2型ウイルスの流行は、 例年よりは流行規模は小さく流行の主流にはならなかったが、 欧米に比べて比較的大きな流行として認められた。分離ウイルスの大部分は、 昨シーズンのWHOワクチン推奨株であったA/Moscow/10/99(H3N2)様ウイルスないし、 わが国のワクチン株A/Panama/2007/99(H3N2)の類似株であり、 大きな抗原変異株は検出されなかった。また遺伝子解析からも特別な変異ウイルスは見つかっていない。
感染症流行予測調査事業による抗体保有調査の結果、 15歳以上〜高齢者においてA/Panama/2007/99(H3N2)に対する抗体保有率が比較的低いことが示された。また、 A/Panama/2007/99(H3N2)株を含む2000/01シーズン向けワクチンの接種を受けた成人〜高齢者における抗体応答を調べた結果、 ワクチン株および1997年以降の主流となっているA/Sydney/5/97(H3N2)類似株の多くに対しても高い交叉反応性を持つことが示された。A/Panama/2007/99(H3N2)株は昨シーズンのワクチン製造株としての実績があり、 発育鶏卵における増殖性、 免疫原性、 継代に伴う抗原的安定性など、 ワクチン製造上にも大きな問題がないことが示された。
以上から、 平成13年度(2001/02シーズン)のA/H3N2「香港型」のワクチン製造株として、 昨年と同様のA/Panama/2007/99(H3N2)株が選定された。
3)B/Johannesburg/5/99
1990年代に入って日本を含めた東アジア地域では、 B型インフルエンザについては、 B/Yamagata(山形)/16/88およびB/Victoria/2/87に代表される抗原性が大きく異なる2系統のウイルスが併存して流行している。諸外国では、 1999/2000シーズンにはB/山形系統に属するB/Beijing(北京)/164/93株に類似したウイルスが広く分離された。そこで、 WHOでは2000/01シーズン向けのワクチン株として、 1999/2000シーズンに引き続きB/Beijing/164/93様ウイルスを推奨した。実際には、 免疫原性やワクチン製造効率上の理由から、 多くの国ではB/Beijing/164/93株と抗原性が同じB/Yamanashi(山梨)/166/98株をワクチン製造株に採用した。一方、 わが国では1999/2000シーズンにはB型インフルエンザの流行は無く、 15株の分離ウイルスはすべてB/山形系統のウイルスであったが、 分離ウイルスの解析から次シーズンの流行予測を行うことは困難であった。そこで、 わが国でもWHOの推奨および諸外国の判断に基づいて、 2000/01シーズンにはB/Yamanashi/166/98株をワクチン製造株とした。
2000/01シーズンには、 世界的にB型インフルエンザの流行は相対的に大きく、 流行ウイルスのほとんどがB/山形系統のウイルスであった。しかし、 これらのウイルスは、 ワクチン推奨株であるB/Beijing/164/93類似株または実際のワクチン株B/Yamanashi/166/98とは抗原的に8倍以上変異し、 遺伝子系統的にも分岐したB/Sichuan(四川)/379/99株類似のウイルスが流行の主流を占めていた。従って、 2001/02シーズンにも、 B/Sichuan/379/99株類似のウイルスが流行の主流となることが予想された。さらに、 B/Yamanashi/166/98株を含む2000/01のワクチン接種を受けたすべての年齢層の人における免疫応答は、 B/Sichuan/379/99株およびその類似株には低い交叉反応性しか示さなかった。逆に、 B/Sichuan/379/99株を含むワクチン接種によって誘導された抗体は、 B/Sichuan/379/99類似の抗原変異株およびB/Yamanashi/166/98類似株に対しても同程度の交叉反応を示した。従って、 WHOでは2001/02北半球インフルエンザシーズンのB型ワクチン株として、 昨シーズンまでのB/Beijing/164/93株を変更して、 B/Sichuan/379/99様株を推奨株とした。
わが国においても、 B型インフルエンザはA/H1N1型とともに流行の主流を占め、 分離ウイルスの大部分はB/Sichuan/379/99株類似のウイルスであった。一方、 少数ながら、 B/Sichuan/379/99株から既に8倍程度ずれた抗原変異株や、 B/Victoria系統に属するウイルスの分離も報告されており、 今後B型インフルエンザの流行予測とワクチン株選定にはより一層幅広い検討が必要となろう。平成13年4月時点において総合的に検討した結果、 2001/02シーズンのB型インフルエンザはB/Sichuan/379/99株に類似したウイルスが主流を占めることが予想され、 同株またはその類似株をワクチン製造株とすることが適当であると判断された。
しかし、 B/Sichuan/379/99株は発育鶏卵での増殖が悪いためにワクチン製造株としては不適当であった。そこで、 諸外国と協力して、 B/Sichuan/379/99株と抗原性が類似している多数のウイルス株について、 増殖性、 抗原的安定性等のワクチン製造効率を検討した。その中から最終候補として残った3株についてさらに詳細に比較検討した結果、 いずれも大きな違いは無いが、 B/Johannesburg/5/99株が発育鶏卵において比較的良好な増殖性を示し、 また免疫原性、 抗原的安定性においても3株の中では最もワクチン製造に適していると判断された。
以上から、 平成13年度(2001/02シーズン)のB型インフルエンザワクチン製造株として、 昨年のB/Yamanashi/166/98株に替えて、 B/Johannesburg/5/99株が選定された。
国立感染症研究所・ウイルス製剤部長 田代眞人