特別養護老人ホームで発生した腸管出血性大腸菌O157感染症集団発生−埼玉県
(Vol.22 p 250-250)
2001年5月24日、 埼玉県朝霞保健所に管内の総合病院から、 同所管内の特別養護老人ホームの利用者がVT1、 VT2陽性腸管出血性大腸菌O157感染症を発症したとの第一報が寄せられた。以下、 埼玉県の要請を受けて国立感染症研究所感染症情報センター実地疫学専門家養成コースが行った調査の結果を要約する。
今回の集団発生の感染源、 伝播様式を解明するため、 当該施設において、 記録閲覧、 職員への聴取、 検食、 環境調査の再検を5月31日〜6月8日の間行った。5月16日〜6月3日の間に施設を1日以上利用した人で下痢、 腹痛、 発熱、 血便、 嘔気、 嘔吐を呈した人を疑い例と、 このうち便培養でVT1、 VT2陽性のO157が検出された人を確定例と症例定義した。その結果、 5月19日〜28日の間に同施設で12例(確定8例)の症例が確認され、 2名が溶血性尿毒症症候群(HUS)を合併した。なお流行曲線は単峰性に近い形状を示した。また、 同施設利用者に3名の無症候性菌陽性者が認められた。職員には発症者、 菌陽性者はいなかった。
本施設は各々独立した特養50床、 ケアハウス16床、 デイサービスのべ利用者週50人の3つの部門からなり、 全部門から症例、 菌陽性者が認められた。各々の共通項は限られており、 特にデイサービス利用者は週1、 2回不定期に来園するだけであった。そこで、 5月19日以前のデイサービス利用簿を参照したところ、 デイサービスの症例と無症候性菌陽性者4名全員が5月16日に利用していたことが判明した。
デイサービス利用者が5月16日に摂食したのは、 同日の昼食と、 おやつであった。同日の検食を用いて培養検査が行われていたが、 O157は検出されていなかった。昼食に出された野沢菜漬けは検食に保存されておらず、 また各検食も保存量が少なく再検出来なかった。今回の事例では、 施設利用者に症例が見られたが、 職員には認められなかった点が特徴の一つであった。両者の相違として、 利用者はほぼ全員が抹茶アイスクリームと牛乳のおやつを摂食しており、 一方職員はおやつを摂っていなかった点が挙げられた。しかし残っていた抹茶アイスクリームもO157は陰性で、 牛乳については流通先を調査し、 苦情の有無を確認したが認められなかった。野沢菜漬けについては生産者まで遡り調査を行ったが、 同一ロットは残存せず、 別ロットは培養陰性で、 同時期に同野沢菜漬けについての苦情は、 流通先で認められていなかった。喫食調査は利用者が高齢のため実施できなかった。以上、 流行曲線とデイサービスの利用状況から、 5月16日の単一暴露、 特に同日の昼食、 おやつによる経口感染が疑われたが、 確定には至らなかった。
同時に人→人の接触感染が関与した可能性を推測するため、 厨房、 食堂、 浴室、 患者が発生した居室など、 計100カ所以上をふきとったが、 すべてO157は陰性であった。またオムツ交換も含め、 職員のケアによる二次感染の危険性を評価すべく、 業務の観察を行ったが、 特に危険な行為は認められなかった。今回のふきとり検査の一部は消毒後に行われたこと、 保健所の立ち入り後、 職員の介護業務が若干修正され、 修飾が加わった可能性は否定できないが、 ふきとり検査と業務観察の結果、 本事例に接触感染が関与した可能性は低いと思われた。
なお、 本事例の調査開始時、 本事例のO157のパルスフィールド・ゲル電気泳動(PFGE)パターンは、 その時点で関東1都4県で見られた散発事例のパターンとは異なるとの情報を得ていた。しかし、 調査の後半で両株がPFGEのバンド1本分のみの相違であることが判明した。さらに国立感染症研究所細菌部によるPFGE再検の結果、 両株は極めて近縁のものか、 同一のものであることが示唆された。散発事例が多発している状況下に、 今回の特養のような集団発生事例が見られた場合、 PFGEの解釈については、 制限酵素を変えての再検、 ファージ型についても検討するなどし、 その両者の関連の有無についてより慎重な評価が必要であるという重要な教訓となった。
埼玉県衛生研究所 岸本 剛
国立感染症研究所感染症情報センター
実地疫学専門家養成コース(FETP-J) 小松崎眞 田中 毅
国立感染症研究所感染症情報センター 高橋 央 大山卓昭 岡部信彦