疥癬集団発生の対策・予防
(Vol.22 p 243-243)
疥癬は30年周期で流行を繰り返すと言われてきたが、 1975年に今回の流行が始まり26年を経た現在、 終焉するどころか益々盛んとなり、 近年の傾向として老人施設を中心として集団発生が目立つ。ここでは老人施設で集団発生が起こった場合の対策と予防について述べる。
1.感染源を見つけて隔離し、 感染が及んだ範囲を推定し全員一斉に治療を行う
老人施設で疥癬の集団発生が起こった場合に第一に取るべき対策は、 感染源を見つけ隔離することである。感染源のほとんどは角化型疥癬患者(ノルウェー疥癬患者)である。そして角化型疥癬患者から感染が及んだ範囲を推定し、 感染したと考えられる者は症状の有無にかかわらず一斉に治療する。同室患者、 かつて同室であった患者も対象となる。長期間、 発症に気付かなかった場合には感染は広範囲に及び、 看護婦とその家族、 理学療法士を介して他病棟の患者、 あるいは看護婦から他の患者へと二次、 三次と感染が広がっていることが多い。
各地の老人施設などで、 なかなか集団発生がおさまらないという話しをよく聞くが、 その多くは1カ月の潜伏期間にある無症状の感染者を放置することから再燃している。これを防ぐには感染の機会があった職員や患者はすべて、 症状の有無にかかわらず予防的治療を行うのが集団発生の対策として重要な点である。隔離が必要なのはあくまでも角化型疥癬患者のみであり、 普通の疥癬はそれほど感染力は強くないので隔離の必要はない。しかし次のような場合には普通の疥癬患者が感染源となることがある。第一は病室、 居室が畳部屋で雑魚寝している場合、 次いで洋室でもベット間が極端に狭く布団が重なり合う場合、 さらに痴呆などのため、 あるいは何等かの理由で長時間他者と肌の接触があるときには感染する。ベッドを介して感染することもある。
このような場合には畳部屋をベッド室にする、 ベッドの間をあけるなどの対策が必要となる。さらに痴呆による徘徊により感染が広範囲に及ぶことが予測される場合には隔離も必要となる。
2.角化型疥癬患者(ノルウェー疥癬患者)の隔離室の処置
角化型疥癬患者に寄生するヒゼンダニの数は桁違いに多く、 皮膚より剥離した落屑には多数のヒゼンダニが内包されている。これらが周囲に飛散し感染が広がるので適当な処置が必要となる。隔離室の処置としては壁、 床、 カーテンなどに殺虫剤を散布あるいは塗布する。殺虫剤には有機リン系、 ピレスロイド系、 カーバメイト系などがあるが、 これらのなかではピレスロイド系殺虫剤を用いることをすすめる。ピレスロイド系殺虫剤は即効性を持つ一方で毒性は低い。また、 この系統の薬剤であるペルメトリンは疥癬の治療に用いられ、 殺ダニ効果も証明されている。従ってこの系統の薬剤が病室内への散布には適当であろう。薬剤散布は残効性があるので1回で充分である。このような殺虫剤の使用はあくまでも角化型疥癬の場合に限り必要な処置であり、 普通の疥癬には不必要である。
3.角化型疥癬患者の寝具類の処置
前述のように角化型疥癬患者に寄生しているヒゼンダニの数は桁違いに多く、 角化型疥癬の名が示すように、 角質増殖を特徴としており、 寝具に落ちる落屑は極めて多く、 それらが多数のヒゼンダニを内包している。これらを適切に処置しなければ感染が広がる。実際に問題になるのは角化型疥癬患者のシーツ類、 寝間着類の処置である。
ヒゼンダニは乾燥および熱に弱く、 通常50℃、 10分の加熱で死滅する。したがって、 熱処理できるものは熱処理を行う。熱乾燥車などを利用するが、 もっと簡単には熱湯に入れるなどの処置で良い。一方、 このダニは十分に温度が低く湿度が高い場合(気温12℃、 高湿度)では2週間生存したという記録がある。理論上では角化型疥癬患者の使用していた部屋、 ベッド寝具の類は2週間の接触を絶ち、 衣類はビニールの袋に詰めて口を閉じ2週間、 そのままで放置できるならば、 それが一番確実な処置であるが実際には実行が難しい。熱処理できないものには殺虫剤を散布することになる。室内に飛び散った落屑は掃除機で吸引除去するのも一つの方法である。これらの処置もあくまでも角化型疥癬患者のみに対するもので、 普通の疥癬患者には不必要である。
角化型疥癬患者を他の部屋に移す場合には使用したベッドや寝具は2週間使わないか、 あるいは必ず患者をベッド寝具ごと隔離室に移動すること。決して、 すぐ次の患者をそこに寝かせてはいけない。ベッドを介して次の人に容易に感染する。これは普通の疥癬患者にも適応される。
4.治療上の注意
わが国では疥癬の治療にもっぱら外用剤が用いられているが、 外用剤を用いる場合に守らなければならない事項がある。一つは体全体に薬を塗ることで、 これを怠ると再燃する。普通の疥癬では疥癬トンネル以外の皮疹にはむしろダニはいない。皮表のどこにいるか特定できないので全身に塗布することになる。次いで原疾患のため以外にはステロイド剤を用いない。またヒゼンダニの死滅後も掻痒が1年近く続くことがある。抗疥癬薬は止痒剤ではなく、 あくまでも殺ダニ剤であるので長期に多量に薬剤を使うべきではない。特にγ-BHCは毒性が強いので過量、 長期間用いてはいけない。
九段坂病院皮膚科 大滝倫子