疥癬治療薬の現況
(Vol.22 p 244-245)
はじめに:今回の疥癬流行が始まったのが1975年であるが、 既に26年を経たのに、 いまだに終焉することもなく続いているのが現状である1)。特に老人施設、 老人病院を中心に集団発生が問題となり、 さらに老人施設での感染症の第1位を占めるのが疥癬である。
なぜこのように疥癬の流行?が続くのであろうか。その答えの第一は世界中で使われている疥癬の特効薬が、 わが国では正式には使えないということである。現在、 正式に承認され保険適用とされている疥癬薬は有機イオウ剤を除きほかに無い。さらに唯一の承認薬である有機イオウ剤もあまり効果が高くない上に、 製造販売を止めているように筆者は聞いている。他の薬剤はすべて医師の責任において使われているものばかりで(保険適用外薬剤)、 その結果、 一定の指針なしに使われる傾向があり、 使用量、 使用方法も不適切となり、 薬剤のなかには過剰投与による障害が危惧されるものもある。
疥癬は死亡する疾患ではないと思われがちであるが、 角化型疥癬(ノルウェー疥癬)では腎障害を起こし死亡する症例もある。疥癬の集団発生を防ぎ角化型疥癬での死亡例をなくすためにも、 適切な疥癬の薬剤の開発、 国内への導入が切に望まれる。
では国内で疥癬に実際に使われている薬剤にはどのようなものがあるのであろうか。
1.疥癬の治療薬
疥癬の治療薬としてはイオウ剤、 安息香酸ベンジル、 クロタミトンなどが国内で使える薬である。
イオウ剤の多くは医師あるいは薬局で各々調合して用いている。安息香酸ベンジルも同様である。クロタミトンのみはオイラックス®という商品名で製品として製造販売されている。医師にとっては前二者に比べ使いやすい薬剤である。しかし、 クロタミトンを使う場合、 保険適応疾患に疥癬の病名はない。適応疾患は湿疹、 皮膚炎で止痒効果があるというが、 実際にある国で二重盲検試験を行ったところ、 止痒効果は無いという結果がでた。一方、 ヒゼンダニに対する殺ダニ効果があることは事実であるが、 疥癬は適用外である。保険診療では適用外であるが、 現実には適用薬として処理されているようである。
諸外国で広く用いられているのがγ-BHC(γ-benzene hexachloride、 リンデン)で、 1%の濃度の軟膏として用いられている。
BHCは有機塩素系殺虫剤であり、 わが国では従来農薬として多量に使われ、 その結果、 土壌蓄積性などが問題となり、 1971年国内での有機塩素系殺虫剤の輸入・製造が禁止された。毒性が特に問題となるのはγ-BHCの異性体であるが、 殺ダニ効果が他剤に比べ格段に高いγ-BHCにも同剤の異性体ほどではないが毒性がある。欧米では疥癬にγ-BHCがもっぱら使われてきた。しかし、 同剤による幼小児の死亡事故、 高齢者の発作などが起こる例がみられた。これらは主として過剰投与に基づくものではあるが、 その毒性が注目され、 使用にあたって様々な注意が払われるようになった。一方、 わが国では非認可薬であるがために、 はっきりした使用基準がなく、 とかく過剰投与に走る傾向にあることが危惧される。用いる場合には医師個人の責任のもとに使われることになるので使用量を最低限におさえるべきであろう。
2.ペルメトリン(外用剤)
このようにγ-BHCの毒性が問題視されるようになり、 それに代わるものとして最近、 諸外国では5%ペルメトリンが用いられている2)。ペルメトリンはピレスロイド系の薬剤で、 人体毒性が低いわりに殺ダニ効果は高い。しかし人体用医薬品として国内で販売されていない。国内では若干使われいるが、 この系統の薬剤は筆者がかつて治験で使用した経験では接触皮膚炎を起こしやすいので、 やたらに大量に回を重ねて用いるべきではない。一回全身塗布でよいが、 卵に効果が低いので、 一週間後に再度全身塗布を行えば十分である。このように高い効果を持つので正式な導入により、 正しい使用法の指針のもとに使われることが望まれる薬剤ではある。
3.イベルメクチン(経口剤)
疥癬の集団発生に付随する問題として介護者の過剰労働があげられる。これは従来の疥癬治療が全身塗布を原則とするためである。手足の拘縮した高齢者の全身に連日薬を塗ることは大変な作業である。これらに代わり経口薬があれば疥癬の治療も容易となる。実際に中南米諸国を中心にイベルメクチンという経口薬剤が疥癬に使われ始めている。
イベルメクチン(Ivermectin, Stromectol®)は放線菌の産生するabermectin類の誘導体で、 その作用機序はGABAの放出と結合能に働き神経刺激を遮断し殺虫効果をあげる。同薬剤の適応疾患としては、 人ではオンコセルカ、 糞線虫などに使用されるのに対し、 動物ではもっぱらディロフィラリアなどに投与されるが、 動物の疥癬にも用いられている。
投与方法は1回の経口投与量(150〜200μg/kg)で、 卵に無効なので2回用いる。2錠(6mg/錠)を7日の間隔で2回、 計4錠(24mg)投与で十分な効果を上げられるという 3〜5) 。国内での有効症例も報告されている6)。
本剤の利点としては内服であり、 手間がかからない、 治療効果の発現が早い、 患者にとって快適であるなどがあげられる。
本剤は近年中に糞線虫を対象に国内でオーファンドラッグとして認可されるようであるが、 疥癬にも適応拡大が切に望まれる。
おわりに:疥癬の流行開始以来26年を経るが、 いまだに老人病院、 老人施設を中心に勢力を振るい、 老人施設での感染症の1位を占めているのが実情である。その原因の一つは前述のように国内でγ-BHCなど著効を示す薬剤が自由に使えないためである。もしもγ-BHCの毒性を恐れるならば、 ペルメトリンなどの毒性の低い薬剤の国内導入を認めるべきである。さらに経口剤イベルメクチンの適応を疥癬にひろげ、 昨今の大流行を鎮静化させる有力な手段とするべきであろう。
参考文献
1)大滝倫子:疥癬の診断・治療・対策、 医事新報、 3994:8-14, 2000
2)Schults M.W. et al. :Arch. Dermatol.,126:167-170, 1990
3)Guggisberg G. et al.:Dermatology,197:306-308, 1998
4)Meinking T.L. et al. :New Engl. J. Med., 333:26-30, 1995
5)Dourmishev A.L. et al. :Int. J. Dermatol., 37:231-234, 1998
6)樹神元博ほか:疥癬に対するイベルメクチンの効果、 臨皮、 55:273-276, 2001
九段坂病院皮膚科 大滝倫子