わが国における野生動物の疥癬:北海道のキツネでの流行について
(Vol.22 p 247-248)
ヒゼンダニ(Sarcoptes scabiei )は、 ヒト以外にも各種哺乳動物に寄生し、 疥癬を引き起こすことが知られている。宿主の範囲は広く、 霊長目、 食肉目、 奇蹄目、 偶蹄目、 齧歯目、 ウサギ目、 有袋目などに属する多くの動物から報告があり、 それらの中には伴侶動物(イヌ)、 家畜(ウシ、 ブタなど)の他、 キツネやタヌキ、 コヨーテなど種々の野生動物が含まれている。これらの動物に寄生するヒゼンダニは、 宿主の違いにより亜種または独立種として扱われることもあるが、 Fain1)は多数の動物種から得た標本を形態学的に検討し、 それらは変異の幅のなかにあるものとして、 ヒゼンダニはSarcoptes scabiei 1種としている。野生動物がヒゼンダニに感染すると、 脱毛症状や皮膚の角質化に伴う肥厚が起こり、 症状が重篤化すると致死的になる。スウェーデンでは1970年代後半からキツネに疥癬の流行が起こり、 一時期キツネの生息数が減少したことが報告されている2)。
日本で野生動物からヒゼンダニが検出されたのは、 1981年に岐阜県のタヌキ3)からの報告が最初である。その後、 久しく新たな報告がなかったが、 1996年以降、 タヌキ[神奈川県4)、 群馬県5)、 岩手県6)、 北海道7)]、 ニホンカモシカ[大分県8)]、 キツネ[北海道9)]などから本種の検出例が相次いで報告されている。また、 鳥獣行政関連部門や動物病院、 猟友会などへのアンケート調査では、 疥癬と考えられる皮膚病変を持つ野生動物が全国的に広く認められるとされている10) 。
北海道でもキツネとタヌキからヒゼンダニが検出されたことから、 筆者らはキツネの疥癬の流行状況について全道的調査を行った。北海道内の78市町村で1998年4月〜1999年3月に捕獲されたキツネ458頭についてヒゼンダニの寄生状況を調査した(図1)。検査方法は、 脱毛や皮膚の肥厚などの異常がないか全身を調べ、 何らかの異常が見られた場合にはその部分を切除し、 70%アルコールに保存した。その後、 10%水酸化カリウム溶液に浸漬して角質を軟化透徹し、 実体顕微鏡下でダニの有無を検査し、 ダニが確認された場合にはプレパラート標本として種の同定を行った。その結果、 458個体中76個体(17%)からヒゼンダニが確認された。市町村別では78市町村中36市町村(46%)のキツネから検出された。北海道は行政区分として14の支庁に分けられているが、 道南方面の渡島、 檜山、 胆振の3支庁を除く11支庁のキツネからヒゼンダニが検出された。これらヒゼンダニが検出されたキツネの症状は、 軽度の脱毛が認められるだけのものから、 軽度の脱毛および皮膚の角質化、 そして、 激しい脱毛と皮膚の角質化・肥厚など症状の程度は個体により様々であった。重篤な症状の個体は特定の地域にのみ見られるのではなく、 広い地域で確認された。一方、 北海道東部の根室半島では、 キツネの生息数を推定するために半島内に73km2の調査地区を設定し、 毎年5月にキツネの繁殖ファミリー数を数えている。1989〜1997年まではこの数が比較的安定しており、 平均ファミリー数は24であった。ところが、 1998年からファミリー数が減り始め、 2000年には6ファミリーと1997年以前の1/4にまで減少し、 生息数の少ない状況は現在も続いている。この地域では1997年度に捕獲されたキツネ4頭からヒゼンダニが検出され、 その後も、 疥癬の症状を示すキツネが確認されている。このことから、 疥癬の流行によりキツネの生息数が減少したものと考えられる。同様なキツネの生息数の減少は知床半島においても記録されている9)。以上の結果から、 北海道では広い地域でキツネの間に疥癬の流行がみられ、 そのことにより地域的にはキツネの生息数の減少が起こっていると考えられた。
参考文献
1)Fain, A., Acta. Zool. Pathol. Antverp., 47:1-196, 1968
2)Lindström E.R. et al., Ecology, 75:1042-1049, 1994
3)鈴木義孝他, 岐阜大農研報, 45:151-156, 1981
4)高橋 守他, 大原年報, 40:56, 1997
5)山本貞司他, 衛生動物, 49:217-222, 1998
6)風間幸二他, 第45回日本寄生虫学会衛生動物学会 北日本支部合同大会講演要旨集
:13, 1998
7)浅川満彦, 北獣会誌, 42:59-60, 1998
8)馬場稔他, 日本哺乳類学会1996年度大会講演要旨集:80, 1996
9)塚田英晴他, 哺乳類科学, 39:247-256, 1999
10)平成9年度環境庁委託調査 里地性の獣類に関する緊急疫学調査報告書,株式会社野生動物保護管理 事務所, 川崎市, 平成10年3月
北海道立衛生研究所
疫学部医動物科 高橋健一 浦口宏二