富士山で感染したライム病患者からのボレリアの分離
(Vol.22 p 248-248)

ライム病(Lyme diseaseまたはLyme borreliosis)は、 野鼠や小鳥などを保菌動物とし、 野生のマダニによって媒介される人獣共通の細菌感染症である。今回我々は、 富士山で感染し、 慢性遊走性紅斑を呈した患者からボレリアを分離することができたので報告する。我々の知る限り、 ライム病で感染地が富士山と特定できた初めての例である。

症例:35歳、 女性。2001(平成13)年6月19日富士山北側標高約1,300mで植物標本の同定作業を行なう。24日左肩峰やや下方のダニ刺咬に気付き除去。25日より刺し口を中心とした紅斑出現。7月1日より急速に拡大。10日初診。左側頚、 前胸、 上腕、 肩甲に及ぶ37×35cmの遊走性紅斑を認め、 左肩関節痛、 微熱、 頭痛、 局所表在性リンパ節腫脹を伴う。ミノサイクリン(200mg/日)投与開始後、 紅斑は急速に消褪。ダニ刺し口、 および紅斑辺縁部の生検皮膚を切除し、 BSK-II培地に入れ培養を開始した。

結果および考察:培養開始後27日目に暗視野顕微鏡下で、 紅斑辺縁部培養液中にスピロヘータの存在が確認できた。そこで菌体を回収してゲノムDNAを抽出し、 各種ボレリアの鞭毛遺伝子より構築したボレリア同定用プライマーを用いてPCRを行ない、 その増幅産物のシーケンスを決定した結果、 観察されたスピロヘータはライム病ボレリアであることが確認された。さらに、 5S-23S rRNA遺伝子intergenic spacerの増幅を行ない、 その配列を決定したところ、 Borrelia garinii ChY13pと100%合致した。この遺伝型は稀な型であり、 これまでに中国と北海道のシュルツェマダニからの分離がそれぞれ1例、 福井県で渡り鳥に付着していたチマダニからの分離1例の計3例で、 もちろんヒトからの分離は今回が初めてである。

またこの症例の感染地は富士山であるが、 我々の知る限り、 富士山でのライム病の発生はこれが初めての報告となる。

ライム病の予防には、 ダニの刺咬を防ぐこと、 すなわち皮膚の露出の少ない服装を心掛けることが重要である。またダニが咬着してしまった場合は、 手で潰すことにより感染が促進すると考えられることから、 外科的に皮膚組織ごとマダニを取り除くことが必要である。

国立感染症研究所細菌部  小泉信夫 渡辺治雄
駿河台日本大学病院皮膚科 青山岳子 木下美由紀 馬場俊一 鈴木啓之
静岡県立大学薬学部    増澤俊幸

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