熊本県で発生したVibrio vulnificus 感染症の集積
(Vol.22 p 249-249)
2001年7月上〜中旬にかけて熊本県八代郡で、 3例のVibrio vulnificus 感染症が発生し、 熊本大学医学部附属病院に入院した。V. vulnificus 感染症については、 サーベイランスが行われていないため、 正確な発生状況は把握できていないが、 古城らの報告によれば、 1978〜1997年の20年間に熊本県では13例が確認されているのみである。今回の異常な症例の集積に関して、 実地疫学調査を2001年7月25日〜8月1日に実施したので、 その結果を報告する。
熊本大学医学部附属病院および熊本県内の関連する医療機関のネットワークを用い、 「2001年6、 7月にV. vulnificus 感染症と診断された症例」を集めた。確認された症例については、 カルテ閲覧および主治医への聞き取りによる調査を行った。また、 可能な範囲で、 本人・家族への聞き取りも行った。
積極的疫学調査により、 熊本県内で計7例のV. vulnificus 感染症症例(敗血症型6例、 創傷型1例)が確認された。発症日は6月29日〜7月18日、 発症地域は不知火海沿岸(八代郡、 八代市)から6例、 有明海沿岸(玉名市)から1例であった。症例はすべて男性で、 年齢は42歳〜76歳、 全例が肝疾患(アルコール性肝疾患4例、 C型肝炎3例)で治療中、 また5例に糖尿病の合併が認められた。経過中ショック症状を呈した症例は4例、 消化器症状(嘔吐、 下痢など)を呈した症例は4例であった。敗血症型のうちで皮膚症状をみとめなかったものが1例あった。8月1日の時点で、 3例(すべて敗血症型)が死亡していた。危険暴露因子として、 敗血症型では、 発症0〜2日前のシャク生食(シャクみそ、 シャク醤油漬け)3例、 刺身喫食(コチ、 アジなど)3例が確認された。シャクは汽水域で獲れるシャコに似た海産物で、 今回の症例に関連した自家製のシャク(生食)加工過程のなかで不適切と思われるもの(材料シャク採取時期、 加工前冷凍の省略など)があった。
環境要因については、 6月下旬〜7月上旬にかけての高気温・高水温、 および大雨の影響によると考えられる海水塩濃度の変化などにより、 病原体が生存・増殖・伝播しやすい環境が形成されたことにより、 V. vulnificus 感染症の集積がおこった可能性も考えられた。
今回の熊本県でのV. vulnificus 感染症の集積については、 敗血症型の症例は7月16日を最後に発生が確認されていないことより、 早期の行政からの広報、 啓発活動も功を奏して、 一応の終息をみたとの判断もできる。しかし、 諸条件がそろえば今後も再びV. vulnificus 感染症の集積は起こる可能性がある。
今回の調査においては、 調査期間の制約もあり、 熊本県全体のV. vulnificus 感染症の発生状況を明らかにすることができなかった。また、 臨床診断および検査室診断がなされなかった症例は見つけ出すことができないため、 今回の集積の全体像をつかみきれていない可能性もある。なお、 仮説検証のための解析疫学は実施することができなかった。
調査にあたり多大なご協力をいただいた、 熊本大学医学部(内科学第一講座、 救急医学講座、 集中治療部)、 熊本労災病院、 熊本済生会病院、 八代市立病院、 公立玉名中央病院、 熊本中央病院、 熊本気象台、 熊本県水産研究センターに深謝いたします。
熊本大学医学部皮膚科学講座
小野友道 井上雄二 横山真為子 栄 仁子 後藤和枝
熊本県健康福祉部 河津俊彦 平野芳久
熊本県八代地域振興局 南 龍一
国立感染症研究所感染症情報センター 松井珠乃 小松崎 眞 大山卓昭 岡部信彦