2000/01シーズンインフルエンザウイルス流行株の解析
(Vol.22 p 252-259)

2000/01シーズンのインフルエンザの流行はウイルス分離状況から見て、 1)流行の開始が昨シーズンより約6週遅く、 ウイルス分離のピークは3月に入ってから見られたこと、 2)分離総数は昨シーズンの76%と流行規模が小さかったこと、 3)夏季に入っても少数ではあるがB型ウイルスが分離され続けたこと、 などが特徴である。ウイルス別の分離比はA/ソ連型(H1)38%、 A/香港型(H3)16%、 B型46%で、 3種類のウイルスの混合流行であった(図1)。これはA/香港型の流行がなかった欧米諸国(米国の場合、 A/ソ連型:B型=3:7)とは異なる流行形態であった。

1.ウイルス抗原解析

全国の地方衛生研究所(地研)で分離されたウイルス株は、 国立感染症研究所(感染研)から配布されたA/New Caledonia/20/99 (A/NC/99)、 A/Panama/2007/99 (A/PA/99)、 B/Yamanashi(山梨)/166/98に対するフェレット感染血清を用いた赤血球凝集抑制(HI)試験で、 初期抗原解析が行われた(図1)。感染研ではこれらの成績をもとにして、 HI価の違いの比率が正確に反映されるように選択した分離株(分離総数の約8%に相当する)について、 A/ソ連型には7種類、 A/香港型には5種類、 B型には10種類のフェレット参照抗血清を用いてさらに詳細な抗原解析を行った。

1)A/ソ連型(H1N1)ウイルス:2000/01シーズンのH1N1型分離株の80%はワクチンに採用されているA/NC/99類似株で(図1)、 感染研での解析においても94%はこの類似株であった(表1)。このことから、 今シーズンの流行の主流は昨シーズンに引き続きA/NC/99類似株であることが分かった。しかし、 表1に示した7種類の参照抗血清すべてに対して低い反応しか示さない変異株(3.4%)やHA遺伝子の140番目のアミノ酸の変化(K140E)によってA/NC/99からHI価で8倍変化した変異株A/Fukuoka-C(福岡市)/86/2000に類似した株(3%)も少数ながら分離された。

一方、 A/ソ連型ウイルスにはA/NC/99とは抗原的に大きく異なるA/Bayern/7/95やA/Moscow/13/98で代表されるBayern系統がある。昨シーズンは神奈川、 千葉両県で数株が分離されたが、 今シーズンはこの系統の株は全く分離されなかった。

2)A/香港型(H3N2)ウイルス:全国で分離された株の92%は2000/01シーズンのワクチン株A/PA/99類似株であった(図1)。感染研での詳細な解析においてもA/PA/99に抗原性が近似しているA/Sydney/5/97(1998/99、 1999/2000シーズンのワクチン株)類似株とA/PA/99類似株がほぼ同じ比率を占めることが分かった(表2)。すなわち、 A/香港型ウイルスは1997年のA/Sydney/5/97以来、 主流行株の抗原性は大きく変化していない。この傾向は諸外国においても同様であった。

3)B型ウイルス:B型インフルエンザウイルスには、 B/Yamagata(山形)/16/88で代表される山形系統とB/Victoria/2/87で代表されるVictoria系統がある。今シーズン日本で分離されたB型ウイルスの大部分は山形系統に属するものであった。分離株の大半はワクチン株のB/Yamanashi/166/98とは抗原性が異なり、 ワクチン類似株は13%程度であった(図1)。昨シーズンはB型ウイルスの流行はなかったが、 分離された14株の抗原解析の結果からもこの傾向が見られていた(本月報Vol.21、 No.12参照)。感染研における解析では、 B/山梨株からHI価で4倍異なるB/Sichuan(四川)/379/99やその類似株であるB/Johannesburg/5/99に抗原性が近い株が流行の主流であったことが示された(表3)。このことから、 2001/02シーズンのわが国のB型ワクチン株には、 孵化鶏卵で比較的増殖性が高いB/Johannesburg/5/99が選定された。

一方、 B/Shizuoka(静岡)/15/2001で代表されるように、 すべての山形系統の参照抗血清に対して反応性の低い変異株も16%の割合で分離され(表3)、 今後これら変異株が増加するのか注視する必要がある。注目すべきことは、 このB/Shizuoka/15/2001株を抗原として作製したフェレット抗血清は、 変異株を含むすべての山形系統のウイルス株に対して高い反応性を示したことである(表3)。同様の結果は、 米国CDCで作製した抗B/Shizuoka/15/2001フェレット抗血清においても観察されている。このように同一系統のあらゆる株に交差反応する抗体を誘導できるB型ウイルス株は極めて稀であり、 ワクチン株選定においては注目すべき株かもしれない。

1999/2000シーズンではVictoria系統のウイルス株は分離されなかったが、 今シーズンは2月に堺市で分離されたB/Sakai(堺)/8/2001を皮切りに、 7月に入っても少数ではあるが全国で分離され続け、 最終集計時の8月時点では分離総数の8%を占めていた(表3)。感染研からは参照抗血清としてB/Shangdong(山東)/7/97(E)(孵化鶏卵増殖株)に対するフェレット抗血清を全国の地研に配布したが、 分離株の多くはこの抗血清にはあまり反応しなかった。この結果は、 感染研での解析によっても再現され、 B/Akita(秋田)/5/2001(E)、 B/Akita(秋田)/27/2001(E)株を除いたすべての分離株で低いHI価が示された。また、 分離株の中にはB/Nagano(長野)/1513/2001のようにHA遺伝子のシーケンス解析によって初めて同定されたものもある(表3)。同様の結果は、 B/Akita/27/2001(E)で作製したフェレット抗血清に対しても観察された(表3)。

一方、 欧米諸国においてはVictoria系統に属するB型ウイルスは1991年以降は分離されておらず、 このウイルスは東アジアに限られた地区で流行していたが、 2000/01シーズンではハワイにおいても分離された。これら分離株の抗原解析の結果も我々の場合と同様で、 B/Shangdong/7/97抗血清にはあまり反応していない。以上の結果は、 最近分離されるVictoria系統のウイルス株は代表株のB/Shangdong/7/97からさらに抗原性が変化した可能性と、 抗血清作製に用いた孵化鶏卵増殖株と実際の流行株(MDCK細胞を用いて分離されている)との間の抗原的なズレが原因であった可能性の2つが考えられる。これらについては、 今後さらに検討する必要がある。

2.ウイルスHA遺伝子の系統樹解析

1)A/ソ連型(H1N1)ウイルス:A/ソ連型ウイルスのHA遺伝子の系統樹解析から、 1991年以降はA/Bayern/7/95やA/Moscow/131/98に代表されるバイエルン系統と、 ワクチン株として採用されたA/Beijing(北京)/262/95やA/NC/20/99などに代表される系統の2つに分かれることが知られている(図2)。2000/01シーズンの分離株はすべて後者の系統に属していた。これはHI試験による抗原解析の結果とも一致していた。

A/NC/99株に近縁な株はさらに2つに分岐するが(図2、 点線)、 昨シーズンの分離株の多くはA/NC/20/99 株により近いグループに分類され、 今シーズンの株は両グループに入ることが示された(図2、 太字イタリック文字)。また、 抗原解析で参照抗血清に低い反応をする変異株(Low reactor)も両グループに入ることが分かった。今後、 A/NC/20/99から離れたグループに入る流行株が増えてくるのか注視したい。

2)A/香港型(H3N2)ウイルス:香港型ウイルスのHA遺伝子の系統樹は1998/99、 1999/2000シーズンのワクチン株であるA/Sydney/5/97と2000/01シーズンのワクチン株であるA/PA/99では分枝した異なった系統を示す(図3)。昨シーズンの分離株はA/Sydney/5/97に近いA/Uran Ude/1/2000を含むグループに入る株が多かったが、 今シーズンはA/PA/99により近い株が多い傾向が見られた。しかし、 このグループに入る株の抗原性はA/Sydney/5/97類似株であったりA/PA/99類似株であったりと系統樹解析と抗原解析の結果は必ずしも一致していなかった。

3)B型ウイルス:B型ウイルスは系統樹上からも前述したようにVictoria系統(図4)と山形系統(図5)に大別される。今シーズン分離されたVictoria系統のウイルス株は1999/2000シーズンのワクチン株であるB/Shangdong/7/97とは別の分枝に入ることが特徴である。また、 香港やハワイなど外国分離株は国内分離株とはさらに異なる分枝のグループを形成することが分かった。現在、 これら2つのグループ間で抗原性に違いがあるのか検討中である。

2000/01シーズンの分離株の大半は山形系統に入るものであったが、 この系統は3つのグループに分類することができる(図5、 点線)。B/Harbin/7/94(*印)で代表されるこのグループには過去に流行した株や最近中国で分離された株が多く含まれていた。昨シーズン国内で分離された少数の株はB/Yamanashi/166/98を含む第2グループとB/Sichuan/379/99や2001/02シーズンのワクチン株であるB/Johannesburg/5/99を含む第3グループの両方に分類された。一方、 今シーズンの分離株の大部分は第3グループに入ることが分かり、 これはHI試験による抗原分析の結果ともよく一致している。前項で既に指摘したように、 HI試験で参照抗血清にあまり反応しないlow reactorも徐々に増加する傾向が見られているが、 これらの株は遺伝子解析においてもB/四川株からさらに分枝したグループに分類される傾向にあった。従って、 このグループに入る株が今後さらに増加してくるのか注視したい。

本研究は「厚生労働省感染症発生動向調査に基づくインフルエンザサーベイランス」事業として全国74地方衛生研究所および国立感染研・感染症情報センターとの共同研究として実施された。改めて、 謝意を表したい。

本稿は上記研究事業の遂行にあたり、 地方衛生研究所全国協議会と感染研との合意事項に基づく解析情報の還元である。

<参考>
図2:全体図
図3:全体図
図4:全体図
図5:全体図

国立感染症研究所ウイルス第1部呼吸器系ウイルス室
小田切孝人 西藤岳彦 斉藤利憲 伊東玲子 中矢陽子 板村繁之 渡邊真治
今井正樹  金子睦子 田代眞人

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