韓国は1963年に麻疹ワクチンを生後12〜15カ月児への定期接種として導入、 以来麻疹患者数は減少した。1982年にはMMR(measles, mumps, rubella)ワクチンを導入、 接種率は90%を超えさらに発生数の減少が見られた。しかし1994〜95年に約1万例の麻疹が発生したため、 4〜6歳での追加接種方式を取り入れた(supplementary immunization)。以来、 韓国における麻疹ワクチンはMMRによる2回接種となっており、 1999年の麻疹は全国で13例であった。しかし2000年の10月頃から麻疹患者発生数が再び急増し、 10月約2000例、 11月約12,000例、 12月には約15,000例が報告され、 2000年の合計患者数は54,000例となった。
2000年に報告された麻疹患者の年齢別罹患状況は、 一つのピークが0〜1歳代にあり、 さらに大きいピークが10歳前後の小学生年齢であった。これらの患者のMMRワクチン接種状況は、 低年齢では未接種での発症が圧倒的に多いが、 年齢が高くなるほど麻疹ワクチン1回接種者での発症が多くなっており、 secondary vaccine failureの増加と考えられた。しかし、 1回目のワクチンの効果が十分ではなかったprimary vaccine failureの可能性も否定されているわけではない。
学童の麻疹に対する免疫保有状況は、 韓国では85%前後と低くなっている。この年齢層は、 麻疹ウイルスの侵入に対して感受性が高く危険度が高いと考えられるところから、 麻疹の対策のポイントとしてこの年齢層をターゲットにするとされた。
韓国はこれまで麻疹を制圧(control)しようとし、 1歳時でのMMR接種の徹底、 そして4〜6歳での追加接種を行ってきたが、 追加接種の不徹底で麻疹発生がだらだらと続くことになり、 時に大きな流行を引き起こすと考えられた。そこで麻疹対策をさらに徹底するために韓国厚生省は麻疹対策の目標を制圧から排除(elimination)に切り替え、 以下のような行動をとることになった。
1)1歳時でのMMR接種の徹底に加えて、 小学校入学前のMMR接種を徹底し、 ワクチン2回接種率95%以上を目標とする。
2)学童での感受性者を短期間に減少させ、 そこから他の年齢層への流行拡大を阻止するため、 2回目の麻疹ワクチン未接種学童へのワクチン接種を徹底的に行い(catch-up immunization)、 感受性者を5%以下にする。
この実施のため、 韓国厚生省副大臣をはじめ、 医師会、 予防衛生研究所(NIH)、 小児科学会、 予防接種委員会および、 PTAなどを含むその他のNGOに加えて、 文部省の参加も得て、 国家麻疹対策委員会が発足した。
麻疹ワクチンの徹底のため、 地方自治体より小学校入学前の子供を持つ保護者に、 入学に必要な書類に加えて麻疹の2回目接種証明用紙が配布された。これによって99%の子どもたちは2回目の麻疹ワクチンを受けることになる。特別な例外を除いて、 学校は必要な予防接種を受けていない子どもの入学を拒否できることが学校保健法で定められており、 この徹底も行われた。
短期間に学童での感受性者を減らすためのキャンペーンとして、 全学童に対して麻疹のワクチン接種歴を調べ、 2回目のワクチン接種を受けていない者約580万人を対象に全国レベルでワクチン接種を行うものとした。厚生省、 NIH、 文部省、 地方自治体および242カ所の保健所、 10,706校、 医師会の協力の下に2001年3月21日〜6月30日の間に、 MRワクチン(measles, rubella混合ワクチン:インド製)を用いてcatch-up Immunizationが行われ、 対象者の96.2%に接種が行われた。実施に当たっては医師による予診が行われ、 予防接種禁忌と思えるものは除外し、 インフォームド・コンセントが得られた。Catch-upキャンペーン実施とともに患者発生数は激減し、 現在国内での発症はほぼゼロとなっている。
副反応発生に関するモニタリングおよび医療機関での対処などの強化も行なわれた。釜山ではワクチンキャンペーン開始後、 当初は1日1,339件の緊急連絡があったという報告もあったが、 いずれもいわゆる集団的ヒステリーと考えられるもので、 日を追うごとに鎮静化した。麻疹ワクチンによると思われる重度の副反応の報告もこれまでにない。
今後の重要な点として麻疹サーベイランスのさらなる強化があげられている。通常のサーベイランスの他に、 学校定点を定め保健婦のネットワークによるサーベイランス、 小児科医ネットワークによるサーベイランス、 実験室診断によるサーベイランスの強化が韓国内で予定されている。
(本文は韓国予防衛生研究所・感染症対策部長Dr. Lee, Jong KooによるWHO西太平洋地域事務局TAG会議、 2000.8での発表およびその後に行われた筆者とのインタビュー内容に基づいて作成されたものである。IASRでの発表に関し、 Dr.Leeの許可を得ているが、 その内容については筆者に責がある。)
国立感染症研究所感染症情報センター 岡部信彦