2000年度麻疹血清疫学調査ならびにワクチン接種率調査〜感染症流行予測調査より〜

(Vol.22 p 275-277)

はじめに:感染症流行予測調査は、 1962年に伝染病流行予測調査事業として予防接種事業の効果的な運用と長期的視野に立った総合的な疾病の流行を予測することを目的に開始された。実施の主体は厚生労働省健康局結核感染症課であり、 地方衛生研究所と国立感染症研究所が連携し、 血清疫学調査(感受性調査)、 病原体検索(感染源調査)を全国規模で行っている。

麻疹の感受性調査は1978年に開始され、 以後1979、 1980、 1982、 1984、 1989〜1994(毎年)、 1996、 1997、 2000年度に調査が実施され、 2001年現在も調査継続中である。

結果解析可能な最新年度である2000年度調査(宮城県、 栃木県、 千葉県、 新潟県、 長野県、 島根県、 香川県、 沖縄県の8県で調査)から、 日本における麻疹の現状を述べる。

 1.年齢別麻しんワクチン接種率(図1)

麻疹が調査対象疾患に入っている8県のみならず、 麻しんワクチン接種歴の調査が実施されていた10都県(秋田県、 群馬県、 東京都、 富山県、 山口県、 愛媛県、 高知県、 福岡県、 熊本県、 宮崎県)も対象に含め、 接種歴不明の2,314名を除いた2,607名について解析した。麻しんワクチンの定期接種年齢は12カ月〜90カ月未満の小児であるが、 1歳児(12カ月〜23カ月)の接種率が127名中57名(44.9%)と低く、 麻疹患者の中では1歳児が最も多いことを考えると、 この年齢での接種率を向上させることが麻疹対策上の急務である。2歳児では103名中81名(78.6%)に上昇するものの十分とは言えない。また、 1989〜1993年の4年間、 わが国において接種されていた麻しんおたふくかぜ風疹混合(MMR)ワクチンは、 ワクチン中に含まれるおたふくかぜワクチン株による無菌性髄膜炎の多発から中止になった。1994〜1995年に生まれた5〜6歳児の接種率に落ち込みが認められることが注目される。

 2.年齢別麻疹抗体保有率(図2)

麻疹抗体陰性者の中にはワクチン未接種で麻疹ウイルスの感染を受けていないもの、 ワクチン既接種でprimary あるいはsecondary vaccine failureにより麻疹ウイルスに対する抗体を保有していないものが含まれる。麻疹ウイルス初感染時においてはほとんどの者が麻疹を顕性発症する。2000年の国勢調査から得られた人口統計の結果と年齢別抗体陰性者率から年齢別麻疹感受性人口を推計し図3に示した。0歳児で61万人、 1歳児で55万人、 0〜1歳で実に100万人を超える小児が麻疹感受性者であることが推計される。成人麻疹で問題になっている20歳代においては約40万人が麻疹の抗体を保有していないことになる。全年齢群で見ると2000年度わが国における麻疹感受性者数は300万人弱であると推計される。

 3.ワクチン未接種群における麻疹抗体保有率(図4)

この結果から、 ワクチンを受けていない場合、 6〜7歳で感染を受けるリスクが高まることが推察されるため、 この年齢群でワクチンを接種していないものについても早急な対応が必要である。また、 現在問題になっている成人麻疹対策として、 ワクチン未接種であるにもかかわらず麻疹ウイルスの感染から免れてきた10〜24歳の30名中4名(13%)の者に対しても麻しんワクチンを接種することが勧められるが、 この場合は任意接種となる。

 4.ワクチン接種群における麻疹抗体保有者数および保有率(図5)

麻疹抗体価の測定はゼラチン粒子凝集反応法(Particle Agglutination Test; PA法)を用い、 陽性(抗体保有)はPA抗体価1:16以上とした。1歳児の抗体保有率が他の年齢群に比し低かったが、 この点については今後さらに検体数を増やした検討が必要である。ワクチン接種群の抗体保有率は全年齢で見ると98.7%(602名中594名)であり、 極めて高いと言える。近年secondary vaccine failure が問題になっているが、 8〜9歳、 10〜14歳、 15〜19歳でわずかながら抗体陰性者が認められるものの、 その割合は8〜19歳263名中4名(1.5%)と低い。

 5.ワクチン接種群における年齢群別麻疹幾何平均抗体価(図6)

接種直後の2〜3歳に比して4〜9歳では1/2の低下、 10〜29歳では1/3の低下にとどまっており、 現在の日本の麻疹流行状況を考えるとワクチン接種後のウイルスへの暴露によるブースター効果が働いているものと考えられる。ワクチン接種群602名中、 vaccine failure群である抗体陰性者は8名(1.3%)と低率であり(図5)、 まずワクチン接種率の向上が必要と考えられる。幾何平均抗体価についても20〜24歳群(39名)が29.9、 25〜29歳群(19名)が29.6、 30〜39歳群(31名)210.9、 40〜49歳群(20名)211.7、 50〜59歳群(9名)210.8と、 30歳以上で幾何平均抗体価の上昇が見られるのは、 30歳代では子供を持つ年齢であるためブースター効果を受ける機会が多いこと、 40歳以上の31名についてはKL法によるワクチンが1966年、 高度弱毒麻しん生ワクチンの開始時期が1969年であることを考慮すると、 KL法と考えると6歳以降、 生ワクチンと考えると9歳以降にワクチンを接種していたことになり、 さらに子育て中にブースター効果を受ける機会が多かったためではないかと考えられる。

 6.まとめ

麻しんワクチンの定期接種年齢は12カ月〜90カ月未満の小児であるが、 1歳児の接種率が44.9%と低く、 麻疹患者の中では1歳児が最も多いことを考えると、 この年齢での接種率を向上させることが麻疹対策上の急務である。MMRワクチンによる無菌性髄膜炎の問題が指摘されていた頃に生まれた5〜6歳児の低接種率も問題である。

国勢調査による人口統計から推計した年齢別麻疹感受性人口によると、 0〜1歳で100万人を超える小児が麻疹感受性者であることが推計された。現在の法律の範囲内でまずできることは、 接種対象年齢の接種率を向上させることである。

また、 現在問題になっている成人麻疹対策として、 ワクチン未接種であるにもかかわらず、 麻疹ウイルスの感染から免れてきた10〜24歳の10数%の者に対しても麻しんワクチンを接種することが勧められるが、 この場合は任意接種となる。

本研究は厚生労働省結核感染症課および都道府県衛生部、 地方衛生研究所との共同による。

国立感染症研究所感染症情報センター
多屋馨子 新井 智 松永泰子 岡部信彦

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