インフルエンザ迅速抗原検出検査およびインターネットを用いた「MLインフルエンザ前線データベース」の試み
(Vol.22 p 315-316)

2000(平成12)年の1年間、 わが国では5,000のインフルエンザ定点より769,287人のインフルエンザ症例が報告された。感染症法に基づくサーベイランスの報告は臨床診断に基づき、 報告から還元までに約2週間を要する。しかし近年、 多くの臨床現場では20分ほどの短時間でウイルス抗原を簡易に検出し、 病原診断を行うインフルエンザ迅速診断試薬が導入されつつある。2000/01シーズンでは主にA型のみ、 もしくはA型とB型を非特異に検出する迅速診断試薬が認可され、 2001/02シーズンからはB型特異的な検査薬が導入される。治療法に関しても、 1998年よりアマンタジン(商品名:シンメトレル)が抗A型インフルエンザ薬として承認され、 2000年にはザナミビル(商品名:リレンザ)、 オセタルミルビル(商品名:タミフィル)が相次いで抗A・B型インフルエンザ薬として使用可能となった。実地医家は迅速診断試薬により直接にインフルエンザを病原診断し、 対症療法ではなくインフルエンザを直接に治療しうる薬剤を投与できるようになったのである。以上の背景により、 我々は臨床現場において汎用されるインフルエンザ迅速診断結果をモニタリングし活用を試みる、 という構想をスタートさせた。インフルエンザ迅速診断検査試薬は、 その感度・特異度がそれぞれ95.4〜98.5%、 100%と報告されているが(原、 他 2種類のインフルエンザ迅速診断キットの比較検討 日本小児科学会雑誌Vol.105, No.2, February 2001)、 そこで陽性が検出された場合の情報をインターネット上のデータベースに医療機関より直接に入力し、 機械的に解析された全国の状況を直ちに確認することができる、 というシステムである。

2000年11月より実際のデータベースを立ち上げ、 合計約2,000名の小児科医を中心とした二つのメーリングリスト(ML)に「陽性」のインフルエンザ迅速診断検査結果についての情報提供を呼びかけた。本データベースは「MLインフルエンザ前線データベース」と名付けられた(http://www.children.or.jp/influenza/index.html)。インターネット上では、 インフルエンザ症例に関する情報に加え、 地域の報告数を地図上でも追跡することが可能である(図1)。モニタリングのために必要な診断定義は、 唯一インフルエンザ迅速診断検査結果陽性とした。今回、 2000/01シーズンとした2000年11月1日〜2001年4月29日までの期間に、 最終的に300近くの医療機関より情報が入力された。入力されたインフルエンザ迅速診断検査結果陽性に基づく症例数は、 8,581件であった。診断から情報提供(入力)までに要した時間の中央値はおよそ0.7日で、 現行の感染症サーベイランスでは、 インフルエンザの診断から情報の報告、 感染症情報センターからホームページ上への還元までがおよそ2〜3週間であることと比較すると、 約10〜20倍の優れた迅速性を持つこの情報システムが、 有志の実地医家の手によって構築されたことになった。2000/01シーズンは主にB型インフルエンザが主で流行の規模も小さく、 また3月に流行のピークを迎えた、 というシーズンであったが、 2001年第11週をピークとするこのシーズンのインフルエンザの流行状況は、 「MLインフルエンザ前線データベース」と現行サーベイランス上でほぼ一致していた(図2)。寄せられた症例に関する情報は臨床的にも重要な情報が多く含まれていたものの、 当初の目的が重症例の把握等ではなかったために統計学的なデータには成り得なかった。また本データベースの別な意義は、 全国の医療機関が莫大な医療保険費用を使って抗原検出検査をしている結果の一部が迅速に集計・公表されることである。これらの結果は現場における患者の診断・治療に直接有用であるほか、 検出病原体の大きな傾向をつかむことで、 地方衛生研究所におけるウイルス分離の効率化に寄与することへの期待もあろう。

問題点として、 「MLインフルエンザ前線データベース」があくまでも自主的参加の医療機関からの情報に基づいたモニタリングということで、 代表性が均一でなかった点が挙げられる。すなわち、 それぞれの医療機関からの情報量・情報の質は均等ではなく、 MLへの参加医療機関数が少ないために、 情報提供のない県もあった。また、 特にシーズン後半になり、 インフルエンザ迅速診断検査結果の不安定性についての指摘があった。これらは、 今後データベースのあり方を考える場合に、 慎重に検討していかねばならない。

今回の「MLインフルエンザ前線データベース」は、 終了までにアクセス数が約24,000を数え、 多くの場面で参照されたと考えられた。そして最も重要な点は、 感染症対策やサーベイランスを考える際に不可欠であるとされる、 モチベーションの高い実地医家のネットワークを形成できたことである。今後、 このような方法論によって、 様々な感染症の対策を議論し、 予防接種関連情報の迅速な収集の面においても有用であると考えられる。2001/02シーズンを含め、 長期的に、 今後の「MLインフルエンザ前線データベース」がどのような方向性を持っていくかを参加機関と共に考えていきたい。

国立感染症研究所感染症情報センター 砂川富正 大山卓昭 岡部信彦
西藤こどもクリニック 西藤成雄

今月の表紙へ戻る


IASRのホームページに戻る
Return to the IASR HomePage(English)

idsc-query@nih.go.jp


ホームへ戻る