一絨毛膜性双胎胎盤における麻疹ウイルス母児感染
(Vol.22 p 320-321)

妊娠19週に母親が麻疹に罹患し、 同32週で一絨毛膜性双胎一児死亡となった事例を報告する。

母親は30歳、 生来健康で、 麻疹の罹患予防接種歴はない。妊娠17週に、 第1子(1歳7カ月)が麻疹に罹患し、 妊娠19週3日、 本人が発熱し、 発疹とKoplik斑を認め、 麻疹と診断された。妊娠32週6日、 一児胎内死亡のため入院した。他児胎児仮死のため緊急帝王切開し、 出生体重1,594gの生産児と1,534gの死産児を娩出した。生産児は、 発疹、 肝脾腫なく、 麻疹特異IgM抗体の上昇は認めなかった。母児の麻疹特異抗体価の推移を表1に示す。

胎盤の肉眼所見は、 1絨毛2羊膜で、 一卵性双胎と確認した。胎児面には、 動脈−動脈、 静脈−静脈吻合が各1本ずつと、 死産児から生産児への動脈−静脈吻合1本がみられた。母体面および割面で、 死産児側に著明なフィブリン沈着が見られた。

死産児の胎盤は、 組織学的に広汎な絨毛の壊死と黄白色調のフィブリン沈着が絨毛膜下から脱落膜まで認められ、 死産児胎盤の総体積の約70%を占めていた。X-cellの増殖も見られた。絨毛間腔には、 わずかに好中球と核破砕像が見られたが、 明らかな絨毛炎は認めなかった。壊死部に残る合胞体栄養膜細胞の中に、 核内・細胞質内の弱好酸性の封入体が見られた(図1)。この封入体は、 麻疹ウイルス抗原が陽性で、 封入体を持つ細胞はHCGとcytokeratinにも陽性なので合胞体栄養膜細胞である。脱落膜細胞には麻疹ウイルス抗原は陰性であった。電子顕微鏡による検索で、 合胞体栄養膜細胞の核内(smooth form)と細胞質内(fuzzy form)に約15nm径の管腔様ウイルス構造物を認めた。生産児側の胎盤には、 中等度の絨毛間フィブリン沈着以外に、 特に異常所見は見られなかった。死産児の剖検所見では、 肉眼的に特記すべき所見なく、 組織学的には肺うっ血のほか、 巨細胞や封入体形成など麻疹ウイルス感染を示唆する所見なく、 脾臓のリンパ球のごく一部に麻疹ウイルス抗原陽性細胞が見られた。

Moroiらは胎盤の麻疹感染を初めて報告し、 免疫染色で合胞体栄養膜細胞と脱落膜に陽性像を認めたと述べた(1)。本症例では、 合胞体栄養膜細胞に診断的な封入体を認め、 はじめて電子顕微鏡検査で麻疹ウイルスを確認した。妊婦が麻疹に罹患すると、 妊婦の麻疹感染が重症化する危険のみならず、 妊娠時期によって高率に流死産・早産が起こるといわれ、 その半数が罹患後2週以内に生じるとされる(2-4)。

本症例では、 母体が麻疹に罹患後、 双胎児は3カ月間も順調に育っている。その理由は,死産児側の胎盤は広範なフィブリン沈着による血流阻害があったが、 生産児側の胎盤から双胎間の血管吻合を通じた血流によって、 胎内死亡児への血流が保たれていたためと推測される。本例では一絨毛膜性胎盤での、 麻疹感染の程度はほとんど死産児側でのみ見られた。また、 死産児、 生産児とも体内への感染はごく軽微と考えられる検査所見が得られた。この理由として、 栄養膜細胞と胎児の臓器とのウイルス親和性の違いや、 胎盤の栄養膜細胞が、 母体からの移行抗体とともに防御的に働いたことが考えられる。胎盤の麻疹感染は持続する可能性があり、 娩出後も場合によっては胎盤の扱いに注意を要すると考えられる。妊婦が麻疹に罹患した場合、 組織学的な胎盤検索が、 母児の臨床経過の説明に役立つと思われる。

文 献
1. Moroi K, et al., Am. J. Obstet. Gynecol. ;164:1107-1108, 1991
2. Ali ME, Albar HM, Int. Gynaecol. Obstet. ;59:109-113, 1997
3. Atmar RL, et al., Clin. Infect. Dis. ;14:217-226, 1992
4. Eberhart-Phillips JE, et al., Obstet. Gynecol.;82:797-801, 1993

神奈川県立こども医療センター周産期医療部
大山牧子 福井朋子 星野陸夫 菅原智香 山中美智子 田中祐吉 加藤啓輔 井尻理恵子 猪谷泰史
国立感染症研究所感染病理部 佐多徹太郎

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