外傷後の破傷風予防のための破傷風トキソイドワクチンおよび抗破傷風ヒト免疫グロブリン投与と破傷風の治療

(Vol.23 p 4-5)

外傷後に破傷風を発症するか否かを予想することは困難であり、 わが国では破傷風トキソイドワクチンおよび抗破傷風ヒト免疫グロブリン(TIG)の投与基準は明確なものがないのが現状である。しかし報告例の中には軽微な創傷により発症している例や、 感染経路が不明の例もあり注意が必要である。アメリカではAmerican College of Surgeons(ACS)が破傷風をおこす可能性があるか否かを判定できるように、 創部の性状から基準を作成している(表1)。その基準によると破傷風をおこす可能性の高い創傷は、 受傷後時間のたっているもの、 創面に異物などを認め、 壊死組織や感染徴候のあるもの、 創の深さが1cmをこえるもの、 神経障害や組織の虚血を合併しているものなどとなっている。人間や動物の唾液にも芽胞化した破傷風菌が存在することがあるので注意が必要である。外傷を受けた際に破傷風トキソイドワクチンやTIGを投与するかどうかは、 創部の状態に加えて受傷者が破傷風に対する抗体を有するかどうかもあわせて考慮する必要がある。破傷風抗毒素抗体価は約10年で発症防御レベルを下回るといわれているため、 過去の予防接種の有無、 最後の予防接種時期を確かめることが重要である。過去の予防接種から10年以上経過している場合は破傷風トキソイドワクチンの追加接種が必要となる。アメリカでは上で述べた創傷分類と過去の予防接種の回数を組み合わせて、 破傷風トキソイドワクチン、 TIGの投与を行うか判断することが推奨されている(表2)。接種量は通常破傷風トキソイドワクチンで0.5mlを筋肉内に、 TIGは250単位を製剤によって筋肉内または静脈内投与する。筋肉内投与の場合、 上腕二頭筋がもっともよく用いられるが、 破傷風トキソイドワクチンとTIGはそれぞれ別の腕に投与する。

不幸にして破傷風が発症してしまった場合、 早急に診断し治療を開始しなければならない。潜伏期間は3〜30日と開きがあるが、 潜伏期が短い程重症で、 予後が不良であるといわれている。口が開きにくい、 喋りにくいなどの開口障害、 舌の運動障害を主訴とする例が多いが、 肩がこる、 首が動かしにくいなど様々な症状を呈し、 なかには腹直筋の強い痙攣により腹痛をきたし、 急性腹症として手術を受けた症例もある。いずれにしても筋の痙攣や強直をきたすような症状を呈する患者には破傷風を疑い、 外傷の既往の有無、 破傷風トキソイドワクチン接種の有無を確認する必要がある。TIGは、 組織に結合していない遊離毒素を特異的に中和することができるが、 既に組織に結合してしまった毒素を中和することができないと考えられている。従って、 その投与は可能な限り早期に実施する必要がある。TIG療法は、 外傷患者ではTIG 1,500〜3,000単位を1回投与する。熱傷患者では熱傷部位から免疫グロブリンを含む体液が漏出するために、 TIGの投与量を増やす必要がある。またあわせて破傷風トキソイドワクチン0.5mlを投与する。外傷部位がはっきりしている場合は同部を十分に消毒洗浄し、 必要があればデブリードマンも行う。抗菌薬としてはペニシリン1200万単位を10日間用いる。

破傷風の治療には、 TIGおよび抗菌薬の投与に加え全身管理が重要である。破傷風毒素は運動神経や自律神経等に主に作用し、 過度の興奮を引き起こし、 痙攣を誘発する。さらに、 声門や呼吸筋に痙攣がおこると窒息の危険性があるため、 早急に気管内挿管や気管切開し呼吸管理を行う必要がある。呼吸管理は長期におよぶため肺炎等の合併症には十分注意する。全身性の痙攣に対してはジアゼパム等の抗痙攣薬を、 場合によってはベクロニウム等の筋弛緩剤も併用する。患者は痙攣をおこしているが原因は末梢神経にあり、 意識は清明であるので鎮痛剤や鎮静剤の投与もあわせて行うべきである。毒素の自律神経に対する作用によって急激な血圧脈拍の変化をきたすことが多いため注意が必要である。血圧脈拍低下に対しては輸液負荷やカテコラミン製剤やアトロピンの投与、 場合によってはペースメーカーの使用も考慮する。また急激な血圧脈拍の上昇にはβブロッカー等で対応する。このような循環系の変化は短時間で急激におこることが多いので、 治療は集中治療室で行うのが望ましい。破傷風毒素による合併症はほとんど無いといわれているが長期臥床による関節拘縮をきたしやすいため早期からリハビリテーションを導入し予防に勤めなければならない。

破傷風は極微量の毒素で発症するために、 発症後の患者血清中に抗破傷風毒素抗体値が上昇することはないと言われている。そこで、 破傷風の再感染や再発症の予防のために、 回復患者には破傷風トキソイドワクチンによる免疫の実施が奨められる。

国立感染症研究所細菌・血液製剤部 山根一和 八木哲也 高橋元秀 荒川宜親

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