インフルエンザ菌性髄膜炎における起炎菌の急速な耐性化とその特徴

(Vol.23 p 36-37)

アンピシリン耐性インフルエンザ菌の定義:本邦において急速に増加しているアンピシリン(ABPC)耐性インフルエンザ菌(Haemophilus influenzae )は、 不活化酵素によらない新たな耐性機構を獲得した菌である。ABPCに耐性化するにはいくつかのメカニズムが知られている。まずその定義について述べると、 (1)耐性遺伝子を持たないABPC感性菌はBLNAS、 (2)β-lactamase産生ABPC耐性菌はBLPAR(TEM-1 型とROB-1 型)、 (3)PBP3変異によるABPC耐性菌はBLNAR(Low-BLNARとBLNAR)、 (4)β-lactamase産生+PBP3変異株はBLPACRとなる。

BLNARでは隔壁合成酵素のPBP3遺伝子(ftsI )上に変異が生じており、 そのうちの3カ所の変異が耐性化に関与しているが、 1カ所のみ変異した株は耐性レベルが低いのでLow-BLNAR、 2カ所に変異を有する株はセフェム系薬の感受性が著しく低下(16〜64倍)しているので、 BLNARとして区別される。

私どもは2.5時間で結果が得られる「インフルエンザ菌耐性遺伝子検出試薬」を既に構築しているが、 本菌の耐性遺伝子はPCRによって検索するのが最も正確な方法である。

起炎菌の薬剤耐性型:2000年11月〜2001年10月の1年間に解析されたH. influenzae 203株の薬剤耐性型と発症年齢との関係はに示す。これらはすべてHibワクチンの対象となるserotype bであったが、 起炎菌の耐性化が急速に進行していることが分かる。BLNASは35%と激減し、 TEM-1産生のBLPARが依然として21%認められる。呼吸器感染症由来株では5%程度であるから、 髄膜炎では分離頻度が有意に高いといえる。次いで、 Low-BLNARが30%,BLNARが7.9%も既に認められる。1999年までの株にはBLNARを認めていないので、 2000年以降急速に増加してきたものと推測される。BLPACRも6.4%の割合で分離され始めている。

ちなみに、 小児呼吸器感染症由来株中にBLNARが出現し始めたのは1998年(3.2%)である。1999年には6.6%,2000年には14%と増加している。このような耐性菌の広がりがそれらによる髄膜炎増加へとつながっていると考えられる。

発症年齢は砂川も述べているように、 1歳未満が34%、 1歳台が26%、 2歳以降4歳まで漸次減少し、 5歳以上ではめったにみられなくなる。1994年の上原らの成績と比較すると、 社会環境の変化に伴い、 発症が次第に低年齢化している印象を受ける。症例自身が保育園児の場合、 あるいは兄弟が保育園または幼稚園へ通園している場合の発症率は高くなっている。

BLNARの経口薬感受性:なぜこのようにBLNARが急速に増加してきたのであろうか? 問題は本邦で繁用されている経口抗菌薬にあると考えられる。入院直前までの受診歴の有無と処方されていた抗菌薬を調べると、 意外にも約半数例で直前まで受診歴がなく、 突然に発症している。

一方、 抗菌薬が投与されていた症例では、 セフジニル、 セフポドキシム、 セファクロル等の投与例が多かった。小児科領域で処方されている経口抗菌薬はほとんどがセフェム系薬であるが、 それらの常用投与量における薬物動態学的/薬剤力学的(PK/PD)パラメーターから、 Craig博士の理論に基づいてBLNARに対する各薬剤の有効率を予測すると、 セフジトレンを除いた薬剤の有効率は極めて低い。耐性菌に対する有効率がこのように低いと、 臨床効果が得られないだけでなく、 残存した耐性菌は人から人へ伝播している可能性が高い。

BLNARに対する注射薬感受性:入院直後の治療薬は従来推奨されてきたCTX+ABPCの併用が最も多く、 耐性菌と判明した後に変更されている。治療終了までの平均投与日数は、 BLNARで25日、 Low-BLNAR、 TEM-1型、 およびBLNASでは15日前後となっており、 BLNAR例で治療終了までの期間が長引いている。“後遺症あり”と記載されていた症例は全体の18%である。

急激な耐性化と後遺症例の頻度をみると、 インフルエンザ菌性髄膜炎の初期治療薬は根本的に見直す必要があるといわざるを得ない。起炎菌としてTEM-1産生株、 Low-BLNAR、 BLNARが多いことを考えると、 ペニシリン系薬の併用はほとんど意味がなくなっている。BLNARに対するMIC90が比較的優れているのは、 セフトリアキソン(0.25μg/ml)>メロペネム=セフォタキシム(0.5)>パニペネム(1)である。セフォチアムやセフゾプランのそれは4μg/ml以上と高い。

しかし、 見かけの抗菌力に優れるセフェム系薬の単独使用でBLNARに有効であるという確たる証拠はない。H. influenzae はもともと薬剤を作用させても容易に溶菌せず、 薬剤消失とともに再増殖してくる菌である。血中濃度半減時間が短く、 PAE効果のみられないセフェム薬は、 作用機序の異なるメロペネムとの併用が理論上は有効と思われるが、 メロペネムは米国では髄膜炎への適応が認められているものの、 本邦では未認可であるという問題を抱えている。基礎的検討の上で、 臨床例の慎重な積み重ねが必要である。

Hib ワクチンの必要性:2000年11月〜2001年10月の1年間にわたる「化膿性髄膜炎サーベイランス」を通じて得られた、 急速に変貌するインフルエンザ菌性髄膜炎の起炎菌について述べた。繰り返しになるが、 BLNARによる髄膜炎の増加は、 セフェム系薬を好むわが国特有の現象である。一昨年の人口統計では4歳以下の小児数は594万人となっている。この数を用い私どもが収集し得た症例数から10万人当たりの発症率を計算すると2.3となる。わが国全体の年間発症数は恐らくこの4〜5倍であろう。米国CDCの統計では、 本症発症数は1997年は1.3人/10万人、 そのうちtype bによる発症は0.4人と報告されている。米国ではHib感染症はワクチン導入以後は既に過去の話となった。保育園児の増加といった社会環境の変化を考えると、 BLNARによる髄膜炎は大きな社会問題になることが危惧される。小児の確実な抗体獲得のためにも、 Hibワクチンの早急な導入が切に望まれる。

(財)微生物化学研究所
北里大学医学部 生方公子

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