わが国の健康者における髄膜炎菌の保菌状況

(Vol.23 p 37-38)

髄膜炎菌性髄膜炎は流行性髄膜炎とも呼ばれているように、 集団で発生する特徴があり、 しかも急性で重篤な症状を示す致死率の高い疾患として恐れられている。原因菌である髄膜炎菌(Neisseria meningitidis )はヒトを唯一の宿主とし、 人から人へ主として飛沫感染により伝播する。感染しても必ず発症するわけではなく、 多くの場合は一時的に鼻咽腔粘膜に定着して健康保菌者となるか、 一過性に消失してしまう。発症して患者となることは稀であるとされている。しかし、 健康保菌者が増えると発症する確率が高くなり、 健康者における保菌率と発病率には深い関わりがあると考えられている。

N. meningitidis は莢膜多糖体により血清学的に群別され、 A、 B、 CあるいはYなどの12群が知られており、 疫学やワクチンの導入の基礎的データとして利用されている。A群やC群は病原性が強く、 流行株の多くはこの群に属している。散発例からはB群やY群が多く分離されるが、 B群の中には流行株となるものもある。わが国で発生するN. meningitidis 感染症の原因株はほとんどがBおよびY群である。

欧米の調査では健康者における保菌率は10%前後とされている。しかし、 軍隊や大学生といった特定の集団における保菌率が20〜30%以上と高いことが知られ、 特に流行時には80%以上にも達したとする報告もある。

わが国の集団におけるN. meningitidis の保菌調査は数少なく、 断片的に行われたに過ぎないために健康保菌者に関する情報は極めて乏しい。そのような中で、 集団における保菌率と患者の発生の関連性を推測させる事例がある。1969年に神奈川県内の教育隊においてC群による患者が発生していたが、 この集団における保菌率は30〜70%であり、 保菌者から分離された菌も60%がC群であった。一方、 1971〜77年にかけて神奈川県内の短大生および小学生を対象に行った保菌調査では、 短大生の平均保菌率が7.2%、 小学生が4.3%であった。この調査で分離された菌はB群と非凝集株であった。これらの集団ではN. meningitidis 感染症患者は発生していなかった。

新興・再興感染症研究事業「髄膜炎菌性髄膜炎の発生動向調査及び検出方法の研究」では、 2000(平成12)年度に全国で6地方衛生研究所が協力して、 大学生を中心に健康者の保菌調査を実施した。その結果、 1,711名中5名(0.3%)からN. meningitidis が検出された。この結果は欧米諸国のそれと比較すると非常に低く、 また1970年代の神奈川県内の短大生の調査と比べても低いものであった。保菌率が低い原因については明らかではないが、 わが国のN. meningitidis 感染症患者の発生数が少ない状況を反映しているとも思われる。髄膜炎菌研究班では、 今年度は年齢層の幅を拡大して調査を進めている。

この保菌調査で検出されたN. meningitidis はB群およびY群であり、 A群やC群は検出されなかった。しかし、 ET-5というgenotypeの流行株が含まれていたことが注目された。このET-5はほとんどがB群に属し、 1960年代末に台頭して全世界に広がったことが知られている。わが国では1979年に既にこのタイプの株が検出されているが、 患者に占める割合等は明らかになっていない。

昨年度の調査の対象集団における保菌率は低かったが、 保菌率は容易にしかも短時間に変化することが知られている。N. meningitidis 感染症の流行を未然に察知するために、 健康者における保菌率や流行株の動向を継続的に監視し、 状況によってはワクチンの導入などの措置を講ずることが強く望まれる。

神奈川県衛生研究所  黒木俊郎 山井志朗
愛媛県衛生環境研究所 井上博雄 田中 博
国立感染症研究所   高橋英之 渡辺治雄

今月の表紙へ戻る


IASRのホームページに戻る
Return to the IASR HomePage(English)

idsc-query@nih.go.jp


ホームへ戻る