大阪市内では「あいりん」における野宿者集団の赤痢[1998(平成10)年5月〜1999(平成11)年4月、 真性赤痢患者186名、 疑似赤痢患者46名]を除けば、 およそ10年ぶりに集団赤痢が発生した。感染症法施行後では最初の集団赤痢であるが、 この事例においては公衆衛生に関係する者として今後注意すべきいくつかの問題点が明らかになったのでご参考までに報告する。
1.今回の集団赤痢の要点
1)一幼稚園で発生した事例であり、 患者総数は44名(園児32名、 職員5名、 その他7名)であった。
2)起炎菌はニューキノロン剤低感受性のD群赤痢菌であり、 通常の治療終了後にも持続排菌をしている者が9名見つかった。その全員に再治療を行い、 排菌停止を確認した。
3)パルスフィールド・ゲル電気泳動(PFGE)、 薬剤感受性試験などの結果から起炎菌は同じ時期に全国的に散発発生していた、 韓国からの輸入生カキによる赤痢の原因菌と区別できないことが判明したが、 その感染経路は確定できなかった。
2.今回の集団赤痢の経過:2001(平成13)年12月5日に大阪市内の一医療機関から西保健センターに対して某幼稚園の園児5名からShigella sonnei が検出されたとの報告があった。赤痢菌感染者数は最終的には幼稚園児32名、 幼稚園職員5名と、 園児からの二次感染者7名(親5名、 園児の同胞1名、 親の同居者1名)、 計44名に達した。
初発例は12月1日(土)夕刻から下痢、 嘔吐、 発熱などの症状で発症し、 全症例でみると12月1日、 2日をピークとする一峰性分布(図1)を示した。原因食品となり得る共通食は11月29日(木曜日)の昼食、 11月30日(金)の昼食、 12月1日(土)に当該幼稚園が開いた餅つき大会でついた餅、 であった。11月29日、 30日の給食については、 保存されていた給食の残品並びに、 給食に用いた食品材料の細菌培養を実施したが赤痢菌は検出できなかった。餅については、 幼稚園の外部にも配っており、 これらの喫食者11名のうち、 有症状者(軽い下痢)が1名認められたが、 検便ではこの11名の誰からも赤痢菌は検出されなかった。餅および餅つき用具の細菌培養でも赤痢菌は検出できなかった。
3.治療:感染症法によれば有症状患者は明らかに治療の対象になるが、 無症状保菌者は必ずしも明確な治療の対象とはなっていない。ただ、 今回の集団赤痢は幼稚園という、 二次感染が起こりやすい場で発生したものであり、 今回の事例で休園した幼稚園の再開には関係者全員の排菌停止の確認が必要だと考えた。このことはまた園児の保護者との話し合いでも保護者側から強く求められた。
2〜6歳の小児の赤痢には治療剤として一般にはホスホマイシン(FOM)が用いられるが、 今回は集団発生を迅速に解決すべく、 一部の医療機関に対して園児の赤痢患者ないしはその疑いのある患者にはノルフロキサシン(NFLX)を常用量で5日間投与するよう依頼した。当初の患者全員の治療終了後、 患者全員の排菌停止を確認するため治療終了48時間後とその24時間後の2回検便を実施したところ、 排菌持続者が9名発見された。これら患者のうち全く無症状であったのは5名で、 他の4名は腹痛、 発熱、 水様下痢が1名、 嘔吐、 下痢が1名、 軟便が1名、 腹痛が1名であった。このうち、 8名はNFLX投与例であり、 他の1例はジョサマイシン投与例であった。NFLX投与例は全体で28例であった。今回の赤痢菌がNA、 TC、 ST、 SM耐性であることは初発例の発生報告後間もなく判明していたが、 治療を終了したはずの患者から多数の排菌持続例が出たことで急遽菌のニューキノロン剤に対する感受性を再調査した。その結果、 今回の赤痢菌はNFLX、 LVFX、 OFLX、 SPFXには米国臨床検査標準委員会(NCCLS)の基準では感受性と判定されたが(表1)、 臨床的には低感受性であることが判明した(MICはLVFX 0.5と1.0、 OFLX 1.0、 NFLX 1.0、 SPFX 0.25)。
以上の結果から排菌持続例は全員再治療をした(1例は再度NFLXをさらにもう5日間、 他の8例はFOMを7日間投与された)。これら9例については、 治療終了48時間後およびその24時間後の2回検便し、 排菌停止を確認した。
4.感染経路の追及:今回の集団赤痢は図1からみて何らかの共通食品の摂取が原因であろうと推測されたが、 12月1日に共同でついた餅は潜伏期間が最短で7時間であり、 赤痢としては短かすぎること、 餅だけを食べた者11名の検便では赤痢菌は検出されなかったことから、 原因食品である可能性は否定された。11月29日と30日の給食については発症者全員が摂取していたこと、 潜伏期間が赤痢と矛盾しないことから、 原因食品であった可能性が高いと考えている。今回の起炎赤痢菌が薬剤感受性パターン(大阪市立総合医療センターおよび大阪府立公衆衛生研究所で実施)、 およびPFGEパターンの解析(府立公衆衛生研究所および国立感染症研究所で実施)の結果、 同じ時期全国的に散発的に発生していた、 生カキを原因とする赤痢の原因菌と全く一致したことから、 今回の集団赤痢においてもどこかでこの生カキ由来の赤痢とのつながりがあったことが推察された。当該幼稚園の給食には調理人が2名従事していたが、 両名からは他の患者と共通する赤痢菌が検出された。しかし、 両名とも今回の事例発生直前には無症状であったと主張していること、 両名ともに給食を食べていたこと、 毎月の定期検便は両名とも11月分が未提出であったほかは毎月提出しており、 10月分までは病原菌が検出されていなかったこと、 両名ともカキの摂取を否定していることから、 結局今回の集団赤痢の感染経路は不明と結論せざるを得なかった。
5.考察
1)今回の集団発生の原因になった赤痢菌はニューキノロン剤に低感受性であり、 今後赤痢患者の治療にニューキノロン剤を使用する際には排菌停止を確認するなど効果判定には慎重さが求められる。
2)感染症法下では赤痢菌を保有する患者、 保菌者の治療は一般の医療機関でも実施可能である。しかし、 治療内容は個々の医療機関に委ねられており、 治療終了が排菌停止を意味するとは限らない。感染症指定医療機関以外の医師にとって赤痢の治療は非日常的な作業であることを考え、 さらに今回のように排菌停止の確認が不可欠な状況では、 適切な薬剤が適切に使用されること、 治療終了後に排菌が停止したことを確認する作業は行政が行わねばならない。今後、 薬剤に低感受性の赤痢菌が増えてくれば、 散発的な赤痢症例においても治療終了が排菌停止を意味するとは限らないことになる。その意味では行政としては個々の医療機関の医療内容を把握して、 必要なら再治療を求めるなど、 最終的な責任を負わざるを得ないのではないかと思われる。
6.今後の課題
1)集団赤痢が一般の医療機関で管理される現状では、 速やかにその実態を知り、 対策をとるにあたり非常に時間的、 経済的に非効率かつ複雑であることが明らかである。今回、 たった40名余りの集団赤痢事件の解決に1カ月以上もかかった。今後、 特定医療機関で一元的に管理するなどの改善策を考える必要がある。
2)家族への二次感染が少なかったのは、 昨今家族の人数が少ないこと、 最初に赤痢発生届を出した医療機関がこの種の集団発生においては異例に短時日で赤痢菌を検出し報告してくれたこと、 その結果、 その後の対応(早期にすべての園児宅を訪問して消毒剤を無料配布し、 二次感染防止法を教育するなど)ができたこと、 によるものと考える。
3)赤痢のような二次感染を起こしやすい菌を早期に検出するには、 下痢症患者の診療に当たる医師が治療開始前に検便を採ることが基本であることを一般医師に周知する必要がある。
大阪市立総合医療センター感染症センター 阪上賀洋* 吉田英樹 後藤哲志
(*大阪市健康福祉局感染症対策室)
大阪市西保健センター 竹内 敏
大阪市立総合医療センター小児内科 塩見正司 外川正生
大阪市立総合医療センター検査部 池田英治 玉川信吉 奥山道子
大阪市立環境科学研究所 長谷 篤 春木孝祐
大阪府立公衆衛生研究所 小林一寛
大阪市保健所 中沢秀夫
国立感染症研究所 寺嶋 淳