梅毒の臨床症状、 検査と診断、 治療

(Vol.23 p 87-88)

臨床症状:梅毒はTreponema pallidum (Tp)が血行性に全身に散布されて、 様々な症状を引き起こす全身性の慢性感染症である。皮膚、 粘膜の発疹や臓器梅毒の症状を呈する顕症梅毒と、 症状は認められないが梅毒血清反応が陽性である無症候梅毒に分けられる。

感染してから、 適切な治療を行わず自然治癒もしなかった場合の経過は、 臨床症状の特徴からI期、 II期、 III期、 IV期に分けられる()。I期(3週〜3カ月)は梅毒感染から約3週間の潜伏期の後にTp侵入部位に自覚症状を欠く皮疹が出現する。初期硬結ができ、 やがて潰瘍化(硬性下疳)し、 数週間で自然消退する。無痛性の鼠径リンパ節腫脹もきたす。II期(3カ月〜3年)は血行性にTpが全身に移行し、 バラ疹や丘疹、 膿疱、 扁平コンジローム、 脱毛、 粘膜疹など多彩な臨床像を示す。なおI期とII期で発疹の認められる場合を早期顕症梅毒という。さらにIII期(3年〜10年)はゴム腫などが生じる。IV期(10年〜)は心臓、 血管、 骨、 神経系に病変が及ぶ。III期とIV期で臓器梅毒の症状が認められる場合を晩期顕症梅毒という。なおI期からII期への移行期、 II期の発疹消退期などに皮疹がみられない場合(潜伏梅毒)や、 陳旧性梅毒(既に治癒しているが血清反応のみ陽性)を無症候梅毒という。大半の患者は無症候梅毒で終始し自然治癒していると考えられている。また、 顕症梅毒においても自然治癒があると考えられるが、 正確な統計はない。

検査と診断:病変部局所からのTpの検出と、 梅毒血清検査がある。Tpの検出はI期の硬性下疳とII期の扁平コンジロームから検出されやすく、 刺激漿液を採取し、 暗視野顕微鏡やパーカーインク染色後顕微鏡でTpを検出する。

Tp感染者に検出される抗体は大きく分けて抗カルジオリピン抗体と抗Tp抗体がある。カルジオリピン抗体は、 脂質抗原(カルジオリピン−レシチン抗原)を用いてガラス板法やカーボン法[RPR (rapid plasma reagin)カードテストがその代表]で検出され、 通常これらの検査はSTS (serological test for syphilis)とよばれている。大量の抗体を迅速に検査できるのでスクリーニングとして優れているが、 感染後約4週間は陰性であることと、 特異性が低く、 しばしば梅毒以外の疾患でも陽性を示す生物学的偽陽性(BFP)があり、 注意が必要である。しかし、 感度が高く治療効果をよく反映する。なお、 抗体価が異常に高い場合には、 血清を希釈しないで用いると、 抗体が過剰なため偽陰性を示すことがあり、 地帯現象と呼ばれている。HIV感染症に合併した梅毒等で、 抗体価が異常高値を示す場合には注意が必要である。

抗Tp抗体は、 Tpを抗原としてTPHAテスト(Tp hemagglutination test)やFTA-ABSテスト(fluorescent treponemal antibody-absorption) で検出される。TPHAとFTA-ABSは特異性が高く、 確認試験として意義があるが、 治癒後も抗体価が低下せず、 治療効果を反映しない場合もある。

確定診断の基本は病原体の分離、 検出であるが、 I期と皮膚病変のあるII期の場合を除き、 かなり困難である。臨床の現場では、 臨床症状と血清反応の組み合わせによって診断することが多い。ただし、 I期の症状が現れても血清反応の陽性化まで1週間程度の期間があるので、 この時期には下疳などの病巣部から病原体検出を積極的に試みる必要があり、 実際検出されることも多い。迅速スクリーニングとしてPCR法の開発と普及が望まれる。

治療:ペニシリンはTpの細胞壁の合成阻害により殺菌的に作用し、 いまだに耐性の報告もないため、 第1選択薬剤である。現在ベンジルペニシリンベンザチンは顆粒のみ発売されているため、 アモキシシリン(AMPC)やアンピシリン(ABPC)などのペニシリン製剤等も用いられている。有効血中濃度を0.03U/ml以上に少なくとも10日間維持する必要があると言われている。ペニシリンアレルギーがある場合には、 テトラサイクリンやマクロライド系の抗菌薬を使用する。内服期間は、 I期では2〜4週間、 II期では4〜8週間で十分である。しかしIII期では8〜12週間を要する場合がある。なお、 キノロン系抗菌薬には感受性がない。

治療開始後数時間で大量のTpが破壊されるため、 皮疹の増悪、 発熱、 悪寒、 全身倦怠感や頭痛などの症状を呈することがある。これはヘルクスハイマー現象と呼ばれ、 一過性である。

治癒判定:治療によってTpは殺されるが、 梅毒血清反応における抗カルジオリピン抗体の完全な陰性化は起こらないか、 起こるとしても長期間を要する。治療効果判定にはSTSの抗体価を定期的に観察し、 抗体価の絶対値ではなく、 減少傾向があるかどうかをみることが重要である。病期に応じた十分な治療を行った後は、 一般に臨床症状の持続や再発がないことと、 STSを数カ月おきに検査して、 定量値が8倍以下に低下することを確認し、 治癒と判定する。治療後6カ月経過しても16倍以上を示す時は治療が不十分であるか、 再感染であると考えられるので再治療を行う。またHIV陽性者でもSTS値の低下が不十分なことがある。

国立感染症研究所・ハンセン病研究センター 石井則久
伊東皮フ科クリニック 伊東文行

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