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あん入り餅を原因とする嘔吐型セレウス菌による食中毒事例−熊本市
−初めての健康危機管理対策部設置−

(Vol.23 p 93-94)

2001(平成13)年12月1日(土曜日)午前11時45分、 市内の保育園から熊本市保健所に、 園主催の餅つき大会に参加していた園児らが、 嘔吐を主症状とした体調異常を起こしているとの通報があった。また、 ほぼ前後して消防、 警察にも同様の通報があった。参加者約440名で、 患者のほとんどが園児であり、 症状が急性の嘔吐であったため、 餅つき大会のあった会場(保育園)はパニック状態となった。現場では、 消防局がトリアージ(患者の緊急度や重症度に応じて搬送や治療の優先順位を決めること)を行い、 救急車等による搬送は延べ37回に及び、 参加者が受診した医療機関は病院12、 診療所11の計23医療機関であった。熊本市では、 午後2時に2001年4月1日に策定した熊本市健康危機管理要綱に基づき、 初めて健康危機管理対策部(対策部)を設置、 情報収集、 各団体との連絡調整にあたった。当所では、 保健所からの連絡を受け、 午後2時までに所長以下ほぼ全職員が参集し直ちに検査体制を整えると同時に、 対策部を通じ熊本県保健環境科学研究所へ協力を要請した。一方、 警察も毒劇物を疑い、 食品、 吐物等について県警の科学捜査研究所で検査を開始した。また、 熊本赤十字病院でも、 園児の血清、 吐物の薬毒物検査を行った。

餅つき大会の参加者は、 441名、 患者346名うち園児は300名であった。潜伏時間は最頻値30分(階級30分)、 中央値1.5時間であり、 主症状は、 嘔吐93%(322/346名)、 嘔気23%(81名)、 腹痛22%(75名)、 下痢9.8%(34名)であった。当所に搬入された試料は、 食品、 吐物、 ふきとり、 便の4種類で、 検体数はそれぞれ57、 138、 27、 23計245検体であった。発生状況等から黄色ブドウ球菌(ブ菌)、 セレウス菌(セ菌)、 農薬、 砒素、 シアン等毒物を優先に検査し、 一部の検体は通常の食中毒菌の検査も行った。

当初は、 化学物質か毒素型食中毒を疑っていたが、 化学物質は当所を始めいずれの施設でも検出されず、 患者の症状が軽度で回復が早かったこと、 また、 検査途中で食品の10倍乳剤のグラム染色標本を作り検鏡したところ、 バチルス属様のグラム陽性桿菌を認めたことから、 セ菌の食中毒の疑いを強くした。このことから、 検査などに関し情報の収集や当所で困難な病原性の確認検査が必要と判断し、 対策部を通じ厚生労働省に照会を行った。

その後、 食品、 吐物、 ふきとりからセ菌が高頻度に分離された。ブ菌の検査結果は、 表1のとおりであった。また、 RPLA法による食品のブ菌エンテロトキシン(SE)検査結果は陰性であった。食品、 吐物から他の食中毒起因菌は分離されなかった。食品のセ菌量は、 あん入り餅 4.4×104〜1.6×106cfu/g、 あんこ玉 3.9×105〜 5.7×105cfu/gであった。分離されたセ菌は、 ふきとり、 便検体から分離された数株を除いてすべてデンプン分解陰性であった。さらに、 病原性の確定のため、 嘔吐毒(セレウリド)の検査を名古屋市衛生研究所に依頼した。一方、 SEは少量でも食中毒を起こすことがあるため高感度SE検査を福岡市保健環境研究所に依頼した。

その結果、 食品、 吐物や、 分離菌株等計41検体中39検体がセレウリド陽性であった(表2)。セレウリドの毒素量はあん入り餅、 あんこ玉でそれぞれ160ng/g、 640ng/gであった。SEは、 食品、 吐物等依頼した12検体すべて不検出であった。分離されたセ菌はH血清型1型であった。

以上の結果から、 今回の食中毒の原因は、 あんに含まれていたセ菌のセレウリドによるものと断定された。その後の調査で原因食品のあん入り餅の製造工程で、 あんは、 小豆を煮た後砂糖を加えて煮詰めるまでの間、 1日室温で放置されていたことが判明し、 この間にセ菌が増殖しセレウリドを産生したのではないかと考えられた。

対策部は、 立ち上げと同時に情報の一元化を図り、 対策部長(健康福祉局長)が記者レクチャーなどの報道対応を行い、 食中毒の断定などを行った後、 12月7日午前9時をもって解散した。

当所では、 今回のような健康危機管理対応事例を経験し、 検査の実施とともに対策部などと検査状況についての連絡調整に追われたことから、 関係機関との情報ネットワーク化の必要性と、 国や地方衛生研究所間の協力(ネットワーク)の重要性を痛感した。

今回の事件の解明にあたって、 岩手大学・品川先生、 東京都立衛生研究所・甲斐先生、 熊本県保健環境科学研究所・相良次長、 甲木先生、 宮坂先生から貴重なアドバイスをいただきました。また、 毒素検査を快くお引き受け頂きました名古屋市衛生研究所・安形先生および福岡市保健環境研究所・馬場先生に深謝いたします。

熊本市環境総合研究所
松岡由美子 新屋拓郎 藤井幸三

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