市内一円で発生したSalmonella Enteritidis食中毒の集団発生事例−豊橋市

(Vol.23 p 94-96)

2001年10月10日、 豊橋市内医療機関より短期間にサルモネラ症と思われる患者を複数診察したとの連絡が同市保健所に入った。保健所の調査により10月12日現在、 市内12の医療機関において就学前児童と小学生を主とする66名の患者が、 サルモネラO9(Salmonella Enteritidisと後に判明)による下痢、 発熱等の症状を呈していることが確認された。初期調査の結果、 共通する飲食物、 共通の食料品店や飲食店の利用、 共通のイベント参加、 共通施設の利用などがなく、 感染源の特定が困難な状況であった。豊橋市保健所と国立感染症研究所実地疫学専門家養成コース(FETP)が行った調査結果を要約する。

症例定義を「9月1日から調査当日までで、 Salmonella Enteritidis (以下SE)が検便で検出されている豊橋市および周辺の者、 またはSE陽性者の家族で下痢、 腹痛、 発熱のいずれかの症状を呈している者」と定め、 豊橋市医師会などの協力により症例を継続して収集した。9月1日〜10月31日までに発症したSE症例は計163人(年齢中央値8歳)、 ファージ型(以下PT)別の内訳ではPT1が98例、 PT47が34例、 PT4が10例、 PT1b、 untypable 各1例、 未検査19例であった。年齢群別では、 就学前児童34例、 小学生112例、 中学生3例、 高校生以上14例であった。患児が通っている小学校は市内52校のうち30校にのぼり、 4つある給食センターすべての担当区域と自校調理方式2校のうちの1校から症例が発生していた。9月上旬には豊橋市においては症例定義に合致したSE感染症症例の発生は4例/2週間であったが、 9月18日ころより豊橋市のみ全域でSE症例の増加がみられ、 10月8日/9日にピークを形成した。判明した範囲で、 12人(1〜10歳、 年齢中央値5歳)が入院治療を受けたが、 いずれも重症者はいなかった。就学前児童は9月下旬〜10月初めにかけての発症が多く(主にPT47)、 10月上旬に発症した患者のほとんどは小学生(主にPT1 )であった。

10月4日〜18日の間にPT1が検出されたのは、 小中学生とその年少の家族のみからであった。これらの小学生の患者についての疫学調査の結果、 学校に関連した曝露としては、 学校給食のデザートとして10月1日、 2日に豊橋市のみにおいて出された月見まんじゅう以外に患者の発生時期、 分布を矛盾なく説明できるものはなく、 また、 学校行事のため月見まんじゅうが供されなかった一部の学校からは症例の報告がなかった。月見まんじゅうが供された学校においてすべての児童、 生徒が月見まんじゅうを喫食したと仮定したコホート研究において、 月見まんじゅうの曝露と曝露後5日以内のSE症例の発症に関して統計学的な有意差(RR=11.4、 95%信頼区間1.54〜84.24)を認めた。

9月20日に月見まんじゅうを製造したA食品会社(菓子製造業者)は、 その数日前からB鶏卵会社(液卵製造業者)の液卵、 殻つき卵を用いてシュークリームの試作を行っており、 加熱前のシュー皮(卵使用)と月見まんじゅう(卵未使用)とで包餡機を共用した可能性が示唆された。包餡機を通過した後の月見まんじゅうは本来殺菌の目的で大型蒸器により加熱処理をすることになっていたが、 蒸器が老朽化していて、 気密性に問題があったにもかかわらず、 製品の中心温度の測定等はなされていなかった。

学校給食の保存食検査と給食センター、 学校給食用の主食工場、 患者の出た小学校、 A食品会社の環境ふきとり検査、 食品関連の従業員の検便が行われた。当初の月見まんじゅう10検体の検査にてSEは検出されなかったが、 12月に追加した3検体の検査にて1検体のみからSE-PT1が検出された。それ以外はすべて陰性であった。なお、 月見まんじゅうから検出されたSE-PT1のパルスフィールド・ゲル電気泳動(PFGE)パターンは小学生のPT1の症例と同一であり、 これは比較的珍しい型であった。

市内の複数の液卵製造工場の環境ふきとり検査、 液卵製品の細菌検査の結果、 B鶏卵会社の液卵回収工程と殺菌未凍結液卵よりSE-PT47 が検出された。また、 9月に収去が行われていたB鶏卵会社の殺菌凍結液卵よりSE-PT1が検出されており、 これは今回の小学生などの症例から検出されたものとPFGEパターンが一致した。なお、 今回の事例発生以後B鶏卵会社は液卵の製造から全面撤退することとなった。

月見まんじゅうの曝露に関して、 潜伏期は3〜16日(中央値8日)となり、 極めて長くなった。人−人感染、 環境からの汚染などは考えにくい状況であったため、 SEの汚染が極めて低濃度でしかもむらがあったことにより通常より潜伏期が長く患者発生曲線の幅も広くなったのではないかと考えた。また、 報告された症例のみで発生率を計算すると、 小学生は0.5%、 中学生は0.06%となり、 低濃度でむらのある汚染であった可能性を示唆する知見と考えた。実際、 検食の月見まんじゅうの検査からは13個中1個のみからSEが検出され、 また同検体の菌量定量検査は測定限界以下であった。このような汚染状況においては解析疫学を用いた調査がきわめて有用であることが今回の調査において裏付けられた。 PT1 以外のファージ型によるSE症例については今回の調査からはその原因を明らかにすることができなかったが、 散発例の集積である可能性もあると考えた。なお、 SE感染症は卵関連であることが多く、 その加工形態、 加工場所、 喫食場所が様々であるため、 広域に発生した場合調査が極めて複雑になることが多い。しかし、 今回の広域で起こったSE集団発生の事例調査において、 ファージ型検査による症例の分類を行うことにより、 系統的な調査が可能となったのは特筆すべきことであった。

今回の調査の結果、 学校給食センターの品質管理に比し、 主食である米飯・パン工場において衛生管理が充分でない所見があった。また外部業者から納入された月見まんじゅうの品質管理が充分でなかったことは、 こうした外部委託業者の指導の在り方に問題を残すこととなった。給食に供される各食品はすべて等しい品質管理を満たす必要があるというのは、 子供の安全を守る上で大前提となる重要な要件である。

今回の事例の経過中、 豊橋市内の小中学校において学校給食は継続して供給された。小学生における患者発生曲線が10月の3連休の最終日にピークを形成していたことから、 潜伏期が通常1〜2日程度であるとされるSE感染症の原因として学校給食は考えにくかったこと、 給食センター、 主食工場の供給状況と患者発生の分布に相関がなかったことなどから学校給食は継続され、 学校側の準備が整うのを待って10月25日に給食センター、 学校内の一斉消毒が行われた。

集団発生の終息については、 豊橋市において11月には2例のSE症例が報告されたのみであり、 平素のSE患者発生レベル以下になったことが確認された。

なお、 本件に関連して豊橋市保健所はA食品会社とB鶏卵会社に対して次の措置をとった。

 1.A食品会社(菓子製造業者)

食品衛生法第4条第3号違反として同法第23条に基づき営業禁止処分するとともに施設に対し以下の改善指導を行った。

 ・施設内の洗浄・消毒の徹底
 ・製品の加熱工程における温度管理と当該記録の徹底
 ・今回二次汚染の原因となった蒸器等の老朽化した設備の取り替えまたは補修
 ・液卵を原料として取り扱うに当ってのサルモネラ対策の徹底
 ・従業員に対する衛生教育の実施

 2.B鶏卵会社(液卵製造業者)

2001(平成13)年9月17日の行政検査の結果SEが検出された殺菌凍結液卵について、 食品衛生法第4条第3号および第7条違反として同法第22条に基づき廃棄命令処分を行うとともに、 同施設に対するその後の調査結果から以下の指導を行った。

 ・製造記録から判断して製造基準に合わない方法により製造されたと考えられる殺菌凍結液卵の存在が幾つか判明したため、 賞味期限(1年半)内にある当該製品すべてを自主的に回収するとともに回収製品の処分状況を示すマニフェスト(産業廃棄物管理表)を提出するよう指示した。
 ・製造基準に従って殺菌液卵を製造できることが確認されるまでの間営業の自粛を指示した(結果として液卵製造から撤退することとなった)。
 ・施設内の洗浄・消毒の徹底
 ・従業員に対する衛生教育の実施

豊橋市保健所
柴田和顯 木島秀雄 森川保二 近田泰一
豊橋市教育委員会 沓名昂一
愛知県衛生研究所 栄 賢司 高橋正夫
豊橋市医師会 岡田和嘉
国立感染症研究所実地疫学専門家養成コース 松井珠乃 鈴木里和
国立感染症研究所・細菌部 泉谷秀昌 渡辺治雄
国立感染症研究所・食品衛生微生物部 工藤由起子 春日文子
国立感染症研究所・感染症情報センター 高橋 央 大山卓昭 岡部信彦

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