AIDS/HIV研究に関する最近のトピックス:HIV-1の宿主因子と小動物実験モデル

(Vol.23 p 117-119)

はじめに:世界中の研究室が、 AIDSのための小動物モデルを開発するために取り組んでいる。多くはマウスであるが、 その他、 ラット、 ウサギ、 フェレットなどあらゆる小動物に可能性がある。もしこれらの動物でHIVが感染し、 その上発症させられれば得られる利益は莫大であろう。最近の一連の研究から、 その完成が近いと予想する人がいる反面、 当然のことながら、 懐疑的な研究者もいる。本小論ではそのあたりを検証してみたい。

しらみつぶし:HIVは、 人間とチンパンジーでのみ感染するというかなりsophisticatedなウイルスである。そのため現在に至るまで、 AIDSのための満足すべきげっ歯動物モデルを開発する試みは成功していない。多くの研究者は、 HIVがヒトの細胞に感染してprogeny virusを産生するに至るまでのどのステップに“関所“があるか、 そしてそこを通過する通行手形は何か、 をしらみつぶしに調べようとしている。直接的には、 ヒト細胞に存在するが、 動物細胞には欠けているものが標的ということであり、 この手形探しはとりもなおさずHIV-1の増殖のための宿主因子探しに他ならない。従って、 必須の因子を同定したときのフルーツは単に小動物モデル開発の成功にとどまらず、 そのままウイルス増殖のメカニズム解明ということになり、 きわめて美味しく大きいものとなるはずである。それは現在行われているAIDSのワクチンや治療薬開発研究を根幹から変えてしまう程の意味を持つものと言える。成功したときのインパクトはそれくらい大きいのである。

もっとも有名な手形は、 1996年に発見されたウイルスの細胞内侵入に関わるchemokine receptor群であろう(HIV発見からすぐに見つかったCD4の重要性は言わずもがなであるが)。中でも、 それぞれT-tropic HIV、 M-tropic HIVが使用するCXCR-4、 CCR5の2つが主要なcoreceptorである。coreceptor発見の与えたインパクトの大きさについてはもはや説明の必要はないであろう。当然、 いくつかの実験室は、 ヒトのCD4およびそれらのT細胞の上にヒトchemokine receptorを発現するマウスを作成することとなり、 それを用いた研究結果に対する期待はきわめて大きかった。しかし、 その結果として得られたウイルス産生量はきわめて低い程度にすぎなかった。翌年、 Jonesらは、 HIVが増殖するための別の主な手形を発見した。それはHIVが細胞に侵入、 さらに組み込み後、 ウイルスDNAからmRNAへ転写する際の、 転写のtrans-activatorであるcyclin T1と呼ばれる因子であった。JonesグループがHIVに感染したマウス細胞へヒトのcyclin T1を加えると、 細胞はウイルスのmRNAを大量に作り出した。

しかし、 それでもマウスは実験動物モデルとして十分な量のHIVの生産ではなかった。つまり、 さらに他の何かが不足していたということである。続いて、 Landauらは、 マウス細胞で細胞因子が欠けている状態ではGag precursorは細胞質に貯まってしまい、 p24タンパクへの切断が起こらないことを示した。これ以前に、 デューク大学のCullenらはHIVに感染したマウス細胞をヒト細胞と融合させることで感染性のHIVを生産することができることを見いだしていた。このことから、 マウス細胞がヒトにあるその因子に関してはrecessiveな状態になっていることを示した。それでは欠けているものは何かであるが、 これに解答を与えると思われる重要な報告が昨年4月、 コロラドで開催されたミーティングでなされた。ワシントン大学(シアトル)のLingappaらは、 capsid形成に必須と思われるp24に付き添うように見える(つまりchaperone)蛋白質(HP68)を識別した。この報告は、 本年の1月3日号のNatureに掲載されており、 話題を呼んでいるので、 これについて少し触れておきたい。immature HIV-1 capsidを形成するために1,500のHIV-1 Gagp55ポリペプチドが、 宿主細胞の形質膜に沿って適切に集合しなければならないとされている。筆者らは、 すでに数年前に、 HIV-1 capsidを再構成する無細胞系を作成することに成功しており、 このステムでは、 post-translational assembly eventにはATPが必要であることを示しているが、 GagそのものではATPを結合できない点に着目した。このため、 さまざまなATP結合性molecular chaperonesに対する抗体をテストして、 それらのうちでGagを共沈させるものを探した。そして、 彼女らはRNase L抑制活性を持つ分子と以前に評されていたHP68を同定したのである。さらに、 HP68のdominant negative変異体での結果や、 無細胞系でHP68に対する抗体を加えた再構成実験などから、 HP68がassemblyにとって不可欠であることを実証した。さらに重要なことに、 ビリオン形態形成および感染力に関係するHIV-1 VifがHP68-Gag complexにassociateしていることを示した。

やはり最近、 Sundquistらによる、 もうひとつ重要な宿主因子の報告がなされているのでこれについても紹介したい。それはやはりHIV life cycleの最終段階である、 出芽段階に関係するものである。HIV-1のアセンブリーはGagタンパクにより推進されるが、 それは形質膜に輸送されて、 その場所でエンベロープを被り、 細胞から出芽される。Gagはウイルスのプロテアーゼによりプロセスされて4種の蛋白となり、 構造蛋白として感染性を持つウイルス粒子の機能として重要な働きをする(いわゆるMA、 CA、 NC、 p6といわれるものである)。

彼らはTsg101というvacuolar protein sortingにかかわる蛋白質(Vps)がHIV-1出芽のために必要になることを報告した。Tsg101のUEV領域は、 Gag蛋白質のp6領域内の重要なtetrapeptide(PTAP)モチーフおよびさらにubiquitinに結合する。またsmall interfering RNAにより細胞内のTsg101を枯渇させるとHIV-1出芽の阻止が見られた。また、 出芽はTsg101の再導入によって回復した。さらにこの蛋白質のdominant negative Vps4蛋白質が、 HIV-1出芽を抑制した。今後、 これらの手形については、 他の研究者による追試などによる検証が行われることであろう。

終わりに:最後に挙げた、 capsid形成に必須と思われるHP68と、 出芽のために必要とされるTsg101という2種の蛋白質はHIV life cycleの最終段階で働くと考えられるが、 世界では今まで報告のあった蛋白質に加えて、 げっ歯類またはその細胞で、 当然これらの蛋白質の共発現を試みているはずである。今回挙げた手形でストーリー全体が完結するのか、 はたまたそれらは過去に発見された蛋白と同じようにいまだにone of themなのだろうか?

 文 献
1. Cohen,J., Science 293,1034-1036, 2001
2. Feng, Y. et al., Science 272, 872-877 ,1996
3. Wei P, et al., Cell 20, 451-621, 998,1998
4. Mariani R, et al., J. Virol. 74, 3859-70, 2000
5. Bieniasz PD, Cullen BR., J. Virol. 74, 9868-77, 2000
6. Zimmerman C, et al., Nature 415, 88-92, 2002
7. Lingappa, JR., et al., J. Cell Biol. 136, 567-581 ,1997
8. Garrus JE, et al., Cell 107, 55-65, 2001

国立感染症研究所エイズ研究センター 山本直樹

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