1.発 端
2001年の都内における腸管出血性大腸菌(EHEC)感染例は、 図のとおり5月から広がりがみられ、 例年の約1.5倍の感染者の発生があった。
EHECの感染者が増加するなか、 H市内の医師から8月27日に届け出されたEHEC O157(以下「O157」という)感染者4名の調査が発端となった(図中の8月〜9月上旬の一部発生が今回の「和風キムチ」による感染者のピークにあたる)。
保健所が調査を進めたところ、 感染者はそれぞれが単発的発生であり、 地域的には概ねH市街に集中していた。感染者の職業等は、 ショッピングストアーAの従業員が2名(レジ担当と調理従事者)とその家族であったが、 別の発症者とその家族は市内の別地域のショッピングストアーAを常時利用していることが確認された。このため、 このショッピングストアーAの2店舗に共通する食品と感染者との間に何らかのかかわりがあると考えられたが、 特定の食品との因果関係を見出せずにいた。
さらに、 H市内の感染者とは別に、 K市と隣接するM市内において、 8月27〜31日にかけて4家族のO157散発感染者の発生があった。
9月5日には、 K市内の感染者は2家族5名(有症者2名、 無症状病原体保有者3名)、 M市内の感染者は2家族3名(有症者は2名、 無症状病原体保有者1名)と確認され、 いずれもK市内とM市内のショッピングストアーBで食材を購入していることが判明した。
2.共同調査
各担当保健所の調査結果のまとめは表1のとおり。これらの結果から、 我々はこれらの散発例を関連性があると考え、 (1) 感染源が特定の食品によるdiffuse outbreakと推測した。さらに(2) H市の感染者はショッピングストアーAと、 M市およびK市の感染者はショッピングストアーBとの関連性があると考えた。さらに、 (3) ショッピングストアーA、 Bに共通した具体的な食品として、 以下のことを推測した。
1)広域流通食品の可能性
ただし、 他の量販店や別地域での発生がモニタリングされないため、 原因食品はマイナーな加工食品で、 同時期に一定地域に販売された。
その食品は、 O157に汚染された原材料が使用されたサラダ、 最終加熱されない惣菜類等が推測される。
2)汚染原材料の可能性
汚染された原材料等を食材として使用し、 各ショッピングストアーの調理場内におけるクロスコンタミによる食中毒の同時発生。ただし、 サラダや惣菜類等の複数の原因食品があるため特定できない。
しかし、 発生動向モニタリングでは、 飲食店などの共通利用までは確認できるが、 ショップのように販売アイテムの多い店では、 原因食品を追求することが難しく、 調査の限界と思われた。感染者の記憶をたどるにも既に時間が経過しており、 さらに発症の10日前まで遡って通常の調査をすることは困難であった。
そこで、 以下の調査を考えた。(1)「8月中旬に販売したショッピングストアーAとBから8月10〜20日頃までのマイナー販売アイテムのすべてのリストアップ」。(2)「感染者を保健所に呼び、 感染者らが懇談しながら共通食品を模索する」方法(米国)。(3)「主婦の買い物ルートを食品衛生監視員が尾行する」方法(リステリアの調査、 米国)。であった。
(1)の調査内容は、 表2のとおりである。当該のショッピングストアーA、 B店舗は他の地域に出店していない地域密着型マーケットである。感染者の利用度からみて、 一般量販店と共通に扱っているような広域流通食品は調査不要のカテゴリーとした。しかし、 今回の店舗については、 各店舗ともアイテムの電算処理がされていないため、 共通した食品を必ずしも十分に確認できないことがわかった。
(2)・(3)は、 協力が得られるか等が問題となり、 現実的ではないことから、 (2)の代わりに、 感染者と実際に接触し、 施設の現場情報が豊富な監視員が相互に意見を交換することに解決の糸口を見出すこととなった。9月5日午後3時から、 都において情報交換会議[3保健所、 衛生研究所、 食品保健課(当時)]を開催した。
この会議中に、 患者糞便由来菌株のパルスフィールド・ゲル電気泳動(PFGE)パターンが一致したとの情報を受け、 これまでの調査結果を踏まえ、 感染者の喫食調査・行動調査等の情報交換を行なった結果、 原因として推定された食品は、 AとBの各ショッピングストアーから購入された「和風キムチ」であった。既にK市とM市内の一部の感染者が「キムチ」を喫食している情報に加え、 H市内の複数感染者もキムチを喫食している事実が決め手となった。
本事件における都内の最終感染者数等は表3のとおりである。
この「和風キムチ」は、 埼玉県の漬物製造会社で製造されており、 埼玉県内で発生していた集団発生の原因食に当該「和風キムチ」の使用が確認された。このため、 都内患者の分離菌株と埼玉県内の患者宅に残されていた「和風キムチ」を検査し分離されたO157との遺伝子パターンを比較したところ、 これが一致した(本月報Vol.22、 No.11参照)。
埼玉県では、 保健所の調査結果などから、 原材料の洗浄殺菌が不十分なことに由来する感染が原因であると推測した。
3.おわりに
「かいわれ大根」や「イクラ醤油漬け」を原因とするO157感染例の発生以来、 O157の汚染の可能性は肉類やその加工品など獣畜産物に限らないことはわかっていたが、 本症例でも畜産物とO157との関連が前提にあったことから、 「キムチ」を原因食品と推定することは極めて困難であった。
国立感染症研究所の調査では、 昨年発生したO157患者由来菌株の26%(2,438株のうち624株)の遺伝子パターンがほぼ一致したと報告している。
このような中、 ひとつの保健所だけでは明らかにできなかった原因を、 現場情報を持つ監視員が直接論議することで、 原因食品を推定できた意味は非常に大きく、 ドラスチックに調査できる可能性が示唆された。今後、 食中毒調査を行う上で都区間や首都圏での散発患者の調査の際に大いにヒントになると思う。
食中毒調査には、 感染原因を推測する疫学、 記述統計、 あるいは血清型、 毒素産生、 DNAパターン比較などの技術的手法があるが、 事件の全貌を解明していくためには、 監視員の調査の積み重ねと、 対象者からの正確な聞き取りのテクニック、 熱意に基づく綿密な疫学的調査が必要である。
東京都健康局食品医薬品安全部
食品監視課食中毒調査係 田崎達明