牛タタキにおける腸管出血性大腸菌の消長

(Vol.23 p 141-142)

はじめに:2001年4月、 栃木県に製造施設がある「牛タタキ」を原因食品とする腸管出血性大腸菌による大規模な食中毒(1都6県2市患者 195名)が発生した。製造工程において数段階の殺菌・加熱工程があるため、 当初は原因食品であることを疑問視する意見もあったが、 調査が進むにつれ本事件の原因食品であることが千葉県等の調査で証明された。「牛タタキ」の製造工程は大きくわけて5段階になっており、 どの工程において菌による汚染があれば、 最終製品に菌が生存するかを確認するため、 「牛タタキ」の製造工程に沿い、 加工工程ごとに菌を接種し、 菌の消長を確認した。

材料および方法

1)製造工程別菌添加

 (1)原料肉:「牛タタキ」の製造に実際使用した輸入冷凍肉「とも三角」の部分を実験に供した。解凍はビニール包装のまま流水中で一昼夜行った。
 (2)整形:実際の整形に沿った形で、 筋膜や脂肪・不整形の部分の除去を行った。
 (3)表面殺菌:表面殺菌は製造工程に準じた方法で行った。100ppmの次亜塩素酸ソーダに肉のブロックを漬ける形で殺菌した。次亜塩素酸ソーダの効果が減じるのを防ぐため、 1回ごとに液は新しいものと交換した。またこの工程で菌を添加する実験では、 次亜塩素酸ソーダの殺菌効果を失活させるため、 10%にTSB(Tryptic soy broth:Difco)を添加した。10%のTSBの添加で次亜塩素酸ソーダの殺菌効果が完全に失活することは事前に確認した。
 (4)フレーバーのもみ込み:塩こしょうと炭火焼き風フレーバーを軽くもみ込んだ。
 (5)表面加熱殺菌:なるべく実際の製造過程(800℃80秒)に近づけるため、 バーナーによる火炎で殺菌した。

2)使用菌株:切替博士(国立国際医療センター)より分与されたストレプトマイシン耐性の腸管出血性大腸菌O157を使用した。この菌株を使用することにより選択増菌培地にストレプトマイシンを添加し他の菌の発育を抑制でき、 目的とするO157の分離同定・確認作業が容易となった。

3)菌の接種:TSBで増菌後、 菌を遠心洗浄しO.D. 630nmで菌液の濃度を測定した。接種菌量は1×104、 1×103、 1×102cfu/gの3濃度とした。肉はブロックのままのものに菌を接種後工程別に処理し、 切りだして実験に用いたものと(大ブロック)、 最初から25gの小ブロックに肉を切りだし、 菌を接種し工程別に処理したもの(小ブロック)の2系統の実験を行った。

4)菌分離:それぞれの検体数はn=3で行った。増菌培地は100μl/mlにストレプトマイシンを添加した225mlのmEC 培地に25gの検体を加えストマック処理を行った。処理後35℃18時間培養後、 免疫磁気ビーズあるいはミニバイダスのO157集菌キットを使用して菌を集菌後2枚のクロモアガーに塗抹し、 菌を確認した。紛らわしいものについてはラテックスO157確認キットUNIを使用して菌を確認した。

結 果

肉へのO157接種・工程別実験

実験1:高い接種菌量(1×104)ではどこの工程で汚染があったとしても、 その汚染は次亜塩素酸ソーダによる表面殺菌や、 火炎による表面殺菌でも菌は死滅せず、 すべて生存してしまった。

実験2:中程度の接種菌量(1×103)では、 高い接種菌量よりも若干陰性の検体が増えるが、 どこの工程での菌の汚染もそのまま残ってしまうことがわかった。また菌が消滅することを期待して、 3、 4、 5分間の火炎殺菌を実施したが、 5分間のみ菌は消滅し、 この程度火炎殺菌を行わなければ、 効果がないことがわかった。

実験3:低い菌量(1×102)でもやや陰性の検体は増えるものの、 完全に陰性となるような状況にはなく、 加熱5、 8分では小ブロックのものはその形状故に菌は検出されなくなるが、 より現状に近い大ブロックのものでは完全に殺菌するまでには至らなかった。

考 察

今回の事件は様々な問題を我々に提起した。本来無菌であると信じられてきた肉深部にも汚染が存在する可能性があることや、 一度汚染されてしまった肉を殺菌することの困難さである。今回の事件の原因として以下のことが考えられた。

 (1)輸入原料肉がO157に汚染されていた可能性。
 (2)解凍段階で肉の深いクラックの中に菌が入り込んだ可能性。
 (3)塩素による表面殺菌が効果がなかった可能性。
 (4)加熱による殺菌も製品製造の過程で行っていたものでは効果がない可能性。
 (5)牛タタキのような製品は大量生産広域流通させるのには向かない商品であると考えられた。

今後もこのような事件が起きることは十分に考えられることから、 再発防止のための対策を検討したい。

栃木県保健環境センター 長 則夫 冨田律子 新堀精一
栃木県県南健康福祉センター 大島 徹 小笠原美果
栃木県県南食肉衛生検査所 舩渡川圭次

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