献血血液におけるHBV、 HCVスクリーニング検査の陽性数の動向と解析
(Vol.23 p 165-167)

安全で治療効果の高い輸血用血液、 血漿分画製剤を時期を逸せず安定供給することは血液事業の関係者にとっての社会的使命である。輸血用血液によるウイルス感染に関連して、 HBV、 HCV、 HIV-1ウイルスが全世界を通じてそのマグニチュードの大きさから、 現在Big Threeとして問題となっている。現在までの日本赤十字社の輸血の安全性を求めての歩み、 輸血後肝炎発生率の推移、 輸血用血液のHBV、 HCV、 HIV-1ウイルス核酸増幅検査(NAT)の導入、 NATの実施状況を概説する。

輸血の安全性を求めての歩み

日本赤十字社が行ってきた血液製剤の安全性確保対策の変遷を表1に示す。1960年代前半までの売血時代には輸血を受けた患者の半数以上が肝炎を発症していたが、 1960年代後半に売血制度から献血制度への切り替えにより、 輸血後肝炎は16%に減少した。1972年にHBs抗原検査を開始し、 1986年の400mL献血、 成分献血の導入により、 一人の患者に投与する輸血本数が少なくなり、 輸血後肝炎は8.7%に減少した。

1989年にはHBc抗体検査により、 HBs抗体陰性でHBc抗体が高力価の血液を排除1)した結果、 輸血による劇症B型肝炎はほとんど見られなくなった(表2)。1989年には世界で初めてHCV抗体検査(C100-3)を導入し、 さらに1992年にHCV抗体検査試薬を第2世代の試薬に変更してから、 輸血後C型肝炎はほとんど見られない状態になっている(図1)。

輸血後のHBV、 HCV感染は激減したが、 従来の抗原・抗体検査ではウイルスに感染後、 抗原や抗体が検出される量に達するまでの期間(ウインドウ期)や微量の変異株などは検出できなかった。血液の安全性の100%の確保を目指して、 抗原・抗体検査とは異なる検査方法の導入が必要であった。その方法がウイルスの存在を直接知ることができ、 極微量のウイルスが検出できるNATであった。

1997年11月から北海道千歳市にある日本赤十字社の血漿分画センターでは、 献血者から得られた原料血漿についてHBV、 HCV、 HIV-1のNATを開始した。方法は血漿バッグに付属しているセグメント・チューブをハサミで切り、 そこから血漿を取り出し500人分をプールし、 この検体について各ウイルスごとに用手法で行った。

輸血用血液については有効期間が短く、 採血してから短時間で検査を終了しなければならないため、 NATの実施が困難であった。しかし、 国内の専門メーカーや搬送業者の協力により、 (1)全国の血液センターからNAT実施施設へのNAT検体の輸送体制の確立、 (2)血清学的検査陰性のNAT検体の選別装置とNAT検体のプーリング装置の開発、 (3)3ウイルスの同時検出が可能なNAT試薬とウイルス核酸の抽出・増幅・検出装置の開発、 (4)NAT実施施設と血液センター間のコンピュータのオンライン化等を作りあげた。

1999年7月から東京都内で献血された血液を対象にHBV、 HCV、 HIV-1の3種類のウイルスに対するNATを開始し、 10月からは全献血者(約600万人/年)の血液に拡大した。

HBV、 HCVスクリーニング検査の陽性数、 陽性率

表3に1990年〜2001年までのHBV、 HCVの血清学的スクリーニングの陽性数、 陽性率を示す。2001年の献血者数は5,774,269人で、 抗原・抗体検査によりHBs抗原陽性6,877例、 HBc抗体陽性90,645例、 HCV抗体陽性13,220例、 HIV抗体陽性79例の血液を排除した。

NATはこれらの血清学的検査陰性の検体に対して行い、 1999年7月〜2002年5月までに14,907,967検体からHBV266例(約1/6万)、 HCV47例(約1/32万)、 HIV-1の6例(約1/248万)、 計319例のNAT陽性血液を検出し、 319例すべてを輸血用血液から排除した(表4)。

なお、 検体のプールサイズはNAT開始時には500本であったが、 陽性が検出されたプール検体中の個別陽性検体を特定する時間短縮と検出感度の向上のため、 2000年2月からプールサイズを50本に縮小している。

このように世界で初めて採血後の有効期間が72時間以内の血小板製剤を含め、 すべて50人分プールした検体でHBV、 HCV、 HIV-1のNAT陰性の輸血用血液が供給されている2)。

輸血により感染した可能性が考えられるNAT実施前後の症例数

日本赤十字社では全国の医薬情報担当者(MR)を通じて医療機関からの輸血による副作用や感染症の情報を収集し、 原因調査等に努めている。血液センターでは1996年9月から全献血者の検体を世界で初めてスクリーニング用検体とは別に6mL採血し、 10年間凍結保管している。保管は各血液センターで1年間行った後、 千歳市の日本赤十字社血漿分画センターと福知山市の血液管理センターで行い、 現在その数は約3,500万本弱に達している。医療機関から報告された感染症の原因究明はこの保管検体を用いて行われる。なお、 通常、 感染症報告が医療機関から血液センターになされる期間は輸血用血液が採血されてから6カ月以内が約80%で、 1年を越えてから報告される例も約10%ある。感染の原因が輸血によるものか否かの究明には患者の輸血前後のウイルス関連マーカーの結果、 または患者の輸血前後の検体が必要となる。また、 輸血用血液の調査は輸血に用いられた血液の製造番号と同一の保管検体を用いてNATを行い、 疑いのウイルスの有無を調べる。さらに、 NATが陽性の場合には患者とNAT陽性となった検体中のウイルス核酸の塩基配列についても確認する。

表5にNAT実施前と実施後に採血された血液の輸血による感染と考えられる症例数を示す。NAT実施前の1998年1月〜1999年9月までの21カ月の採血期間で輸血により感染した可能性が考えられた症例はHBV34例、 HCV11例、 HIVの2例で、 ほとんどが血清学的検査のウインドウ期に採血された血液によるものである3)。しかし、 NAT実施後の27カ月間でHCVとHIVについては1例もなく、 HBVについては500人分プールした検体のNAT実施後4カ月間で3例、 50人分プールした検体のNAT実施後23カ月間で8例と減少した。年間に補正するとNAT実施前の19.4例から500人プールで9.0例と半減、 50人プールで4.2症例と実施前の約1/5に制圧している。年間総輸血件数124万と推定すると0.00034%となる(図1)。

おわりに

現在、 日本の輸血用血液は血清学的検査に加えて、 すべてHBV、 HCV、 HIV-1に対するNAT実施済みの血液のみが供給されており、 NAT実施後には輸血によるHCVとHIVの感染は見つかっていない。また、 HBVについては年に4例程度の感染が見出されるだけである。しかし、 輸血用血液の安全性を限りなく100%に近づける絶え間ない努力が必要である。

文 献
1)Japanese Red Cross, Non-A, Non-B Hepatitis Research Group:Lancet 338:1040-1041, 1991
2)Japanese Red Cross, NAT Screening Research Group:Microbiol. Immunol., 45:667-672, 2001
3)Japanese Red Cross, NAT Screening Research Group:Jpn. J. Infect., 53:116-123, 2000

ウイルス肝炎研究財団 西岡久壽彌

IASR編集委員会註:ウインドウ期の平均は、 抗原・抗体検査ではHBV59日、 HCV82日、 HIV22日、 NATではHBV34日、 HCV23日、 HIV11日である(本月報Vol.22、 No.5参照)。

今月の表紙へ戻る


IASRのホームページに戻る
Return to the IASR HomePage(English)

idsc-query@nih.go.jp


ホームへ戻る