破傷風の病原体診断がなされた症例報告

(Vol.23 p 199-200)

破傷風は感染症法において全数把握対象の4類感染症であり、 外傷の既往と臨床症状などから診断されることが多い。また、 感染部位からの破傷風菌の分離と同定、 および分離菌からの破傷風毒素の検出がなされれば、 病原体診断である旨を報告することとなっている。

1999〜2000年に報告があった破傷風患者 157例の中で、 156例は臨床症状から診断されており、 患者の臨床材料から破傷風菌が分離され病原体診断が行われたのは1例のみと、 病原体診断がなされた症例は極めて少ない。

今回、 患者の感染部位から破傷風菌が分離され、 破傷風毒素の検出も確認されたのでその概要を報告する。なお症例についてはB病院担当医からの報告である。

症例:患者は65歳男性。高血圧、 糖尿病、 痛風の既往歴がある。2002年5月24日畑仕事中に耕運機の歯に下腿部前面を引っかけて受傷。同日A医院受診。創は2カ所で筋層まで達していたとのこと。A医院で洗浄、 縫合処置後、 抗菌薬を処方され帰宅。第4病日に創部感染兆候を認めたため破傷風トキソイドを投与。第5病日に軽度開口障害が出現。第7病日破傷風疑いにてB病院紹介となる。来院時、 開口は約一横指できるのみ、 項部反弓硬直を認める。意識は清明であった。頭部CT検査特記すべきこと無し。髄液検査も異常所見なかった。体温36.9℃、 血圧185/109mmHg 、 脈拍数106/分。白血球数は11,600/μl。外来にて緊急気管内挿管し、 直ちに集中治療室に入院した。入院第1病日はバイタルサインは安定していたが、 第2病日以降は血圧の変動が著しかった。入院第9病日に一度心停止をおこした。その後尿崩症を合併した。臨床的脳死状態となり、 第25病日(6月24日)に死亡した。

検査の経過:2002年6月10日、 GAM寒天高層培地に検体(創傷からの滲出液)が接種された状態で当所に搬入されたが、 太鼓バチ状の桿菌は観察されるものの、 菌種の同定には至っていなかったため、 破傷風菌の分離を試みるとともに破傷風毒素の検出のため、 分離培地と増菌培地に接種をした。

分離培地は変法GAM平板寒天培地(寒天濃度1.5%)および血液寒天培地を使用した。搬入されたGAM寒天高層培地で発育した菌株を分離培地の辺縁の近くに接種し37℃、 24時間嫌気培養を行った。破傷風菌は遊走性の低い株も存在するが、 一般的に遊走性があるために、 分離(寒天)培地上で嫌気培養すると接種部位から離れた所まで到達し、 その到達部位の先端では純培養に近い状態で破傷風菌を得ることができると報告されている。今回、 遊走した先端の菌を培養し、 簡易同定キット(RapID ANA II:アムコ社)を用い菌種の同定を行ったところ、 破傷風菌と同定された。菌株を接種した辺縁の近くには破傷風菌の集落とは異なる集落が観察されたことから、 搬入されたGAM 寒天高層培地には他の菌も混在していたと考えられる。破傷風菌の遊走性は驚くべきもので、 その到達部位の先端をグラム染色したところ、 非常に長く、 大きな桿菌として観察された。さらに純培養菌を血液寒天培地に接種し、 好気培養を行ったところ発育しなかったことから、 偏性嫌気性菌であることも確認した。

増菌培地はクックドミート培地を使用し、 菌株を接種した後80℃、 10分間加熱したものと、 非加熱のものを37℃で3日間培養し、 それぞれの培養液をグラム染色・鏡検したところ、 どちらからも太鼓バチ状のグラム陽性桿菌の存在が確認された。鏡検像から、 加熱処理をした培養液の方が他の菌の混入が少ないと思われたため、 その培養液からの破傷風毒素の検出試験を国立感染症研究所・細菌第二部に依頼した。結果は次のとおりであり、 6月17日に病原体診断がなされた。

培養液を濾過(0.22μm)後、 マウスに接種した結果、 破傷風特有の麻痺症状が観察された後、 10倍希釈の検体を接種したマウスは死亡した。一方、 あらかじめ破傷風抗毒素(10単位)を接種したマウスは、 破傷風毒素が中和されたことにより、 発症せず生存した。

以上が概要であるが、 この貴重な症例報告は、 感染症発生動向調査事業による医療機関の協力ならびに医療機関・保健所・当所との連携があってなされたものである。関係各位に深謝したい。

福島県衛生研究所・微生物部細菌科 須釜久美子 平澤恭子 長澤正秋
郡山市保健所・地域保健課 感染症対策担当
太田西ノ内病院・救命救急センター 松本昭憲
太田西ノ内病院・検査科 前田順子
国立感染症研究所・細菌第二部 高橋元秀

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