動物園、 観光施設でのアライグマ回虫卵汚染問題

(Vol.23 p 202-203)

北米原産のアライグマに普通に見られるアライグマ回虫(Baylisascaris procyonis )は、 基本的にアライグマ以外の動物で成虫になることはないが、 ヒトがその虫卵を経口摂取すると幼虫移行症を引き起こし、 致死的な中枢神経障害の原因となる(本月報Vol.23、 No.4外国情報参照)1)。わが国にも北米から移入されたアライグマが多数生息するため、 それらからヒトへの感染を予防するための監視と対策が必要となっている。現在のところ、 主にペットとして輸入された後、 逃亡や遺棄により生じた「野生アライグマ」からはアライグマ回虫の寄生例は確認されていない2)。他方、 動物園および観光施設においては、 寄生例が少なからず確認されている。1993年に国内の動物園23施設を調査した結果によれば、 アライグマ 184頭のうち、 寄生個体は71頭(40%)であった3)。また最近、 アライグマとウサギを隣接したケージで飼育していた東日本の観光施設において、 21頭ものウサギにアライグマ回虫による脳幼虫移行症が発生していたことが明らかになった4)。このような事例を受け、 動物園や観光施設での飼育担当者や来園者の健康被害を未然に防ぐために、 当研究室ではアライグマ回虫卵汚染に関する全国的な実態調査を実施したので、 その結果を対策状況と併せて報告する。

2000年1月〜2月に、 社団法人日本動物園水族館協会所属の98動物園宛に「アライグマとアライグマ回虫に関するアンケート」を送付し、 84の動物園から回答を得た(回答率86%)。集計したところ、 50施設でアライグマが展示用に飼育され、 その合計頭数は約 300頭に及ぶことがわかった。保有頭数は施設によって1頭〜61頭までの幅があり、 5頭以下を飼育しているのが31施設で6割を占めていた。アライグマ回虫に関しては50施設のうち26施設が陰性と答え、 残る24施設では不明との回答があった。その後、 22施設より実際にアライグマの糞便・排出虫体あるいは土壌等の送付を受けそれらの検査を実施したところ、 に示す6施設でアライグマ回虫の寄生例が確認された。

アライグマの腸管に寄生する成虫については駆虫薬による効果的な駆除が可能である。しかしながら、 アライグマの飼育・展示環境から感染源の虫卵を完全に除去しない限り、 極めて容易に再感染することがこれらの動物園・施設の経験から明らかとなった。虫卵は外界で「幼虫包蔵卵」となり、 その状態のまま数年にわたって感染性を保持しているからである。その上、 虫卵はほとんどの「消毒用薬剤」に対して抵抗性があり、 これを不活処理する実際的な方法は加熱、 焼却以外には無い。従って、 それぞれの動物園・観光施設の飼育群からアライグマ回虫を完全に駆逐するには、 飼育・展示環境に適合した対策が案出されるべきであるが、 原則として、 寄生個体を隔離して駆虫を実施するとともに、 その飼育・展示環境内にあるすべての木製器材の焼却と土壌部分の火炎やスチーム処理、 その後にコンクリート化などによって再感染を防止する対策が必須となる。残念なことに「人と動物とのふれあい」といった魅力的なテーマで設定され、 森や池などの自然環境を模した動物園では、 ひとたびアライグマ回虫卵で汚染された場合、 その完全除染は極めて困難である。従って、 このような施設における飼育・展示場がアライグマ回虫卵汚染から免れるには、 当初アライグマを導入する際の寄生個体のチェックと駆虫、 即ち検疫の徹底という予防的措置以外には無い。

アライグマ回虫の幼虫移行症による死亡例は1981年に米国ペンシルバニア州の一幼児で最初に確認されている。しかしながら、 わが国では1977年のアライグマを主人公としたテレビアニメーション放映によるブーム以来、 多い年には年間1,500頭を数えるアライグマが無検疫で輸入されてきた。その後、 1999年の感染症法の施行および「狂犬病予防法」の一部改正に伴いアライグマは狂犬病予防法の対象動物に指定された。この措置により2000年1月1日から入国に際して狂犬病検疫のため一定期間の係留が必要とされることとなり、 それ以後はペットとして輸入されるアライグマは途絶えている。一方、 本州中部地方での「野生アライグマ」は1960年代に動物園施設から逃亡した飼育群に起源をもつという事実がある。従って、 動物園・観光施設におけるアライグマ回虫の防除対策は、 現在のところ幸いにして流行が認められていない本邦の「野生アライグマ」群へ伝播・流行させないためにも、 非常に重要である。

参考文献
1)病原微生物検出情報 Vol.23, No.4, 97-98, 2002
2)川中ら、 Clin. Parasitol. 12, 121-124, 2001
3)宮下 実、 生活衛生 37, 3, 35-49, 1993
4)Sato et al. Parasitol. Int. 51, 105-108, 2002

国立感染症研究所・寄生動物部第二室 川中正憲 坂本京子 杉山 広 森嶋康之

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