横浜市における2001/02シーズンの流行はA/H3型とA/H1型が主流で、 B型も少数分離された混合流行であった。今シーズン、 イギリス、 イスラエル、 エジプトなどで新しいサブタイプのA/H1N2型ウイルスが分離されたとの報告があり(IASR Vol.23、 No.3外国情報参照)、 横浜市での状況を把握するためNAの同定を行ったところ、 中学校の集団事例からA/H1N2型ウイルスが分離されたので報告する。
1)患者情報
2002年2月5日、 泉区の中学校1年生(8学級、 在籍者316名、 患者数210名、 欠席者112名)クラスでインフルエンザ様疾患の集団発生報告があった。同日患者5名(1組1名、 4組2名、 6組1名、 8組1名)についてうがい液と血液を採取した。患者の症状は発熱(38.0〜40.0℃)、 咳、 頭痛、 咽頭痛で、 1名は下痢症状があった。同校は2月5日〜7日まで8学級すべてを学級閉鎖した。
2)ウイルス分離および性状
患者うがい液からMDCK細胞を用いてウイルス分離を試みたところ、 同一クラスの生徒2名の検体からA/H1型インフルエンザウイルス[A/Yokohama(横浜)/22/2002、 A/Yokohama(横浜)/47/2002]が分離された。また、 ウイルス分離できなかった3名中、 別クラスの生徒1名の検体からRT-PCRによってA/H1型インフルエンザウイルスの遺伝子が検出された(表1)。国立感染症研究所から分与された2001/02シーズンのフェレット感染抗血清を用いて分離株の赤血球凝集素(HA)蛋白の抗原性を解析したところ、 両株とも2001/02シーズンのワクチン株であるA/New Caledonia/20/99 に類似の抗原性を示すことが明らかとなった。患者5名の急性期・回復期のペア血清についてHI抗体価の測定を行った結果、 4名はA/New Caledonia/20/99およびA/Moscow/13/98に対して4倍以上の有意な抗体価上昇がみられた(表1)。これらの成績からA/H1型インフルエンザウイルスによる集団発生と推定された。この2株を含む今シーズンに分離されたA/H1型ウイルス5株についてHA1遺伝子のダイレクトシークエンスを行い、 系統樹解析を行った。集団発生から分離された2株はA/New Caledonia/20/99 や1999/2000シーズン分離株と同じ枝に属し、 2000/01シーズン分離株や今シーズンの他のA/H1型分離株とは別の枝であった。
3)NAの同定および確認
本集団発生からの分離株を含む2001/02シーズンに分離されたA/H1型27株についてRT-PCRを行い、 N1型とN2型の鑑別を行ったところ、 この中学校の集団発生から分離された2株のみがN2型であった。そこで、 分離株のNA遺伝子のPCR産物についてシークエンスを試み、 一部の塩基配列(195アミノ酸相当)を決定したところ、 この2株間ではアミノ酸の違いは認められない一方、 A/Panama/2007/99(H3N2)とこの2株の間で6アミノ酸に相違がみられた。今シーズンもA/H3型が混合流行していたことから、 被検患者がA/H1、 A/H3両亜型のウイルスに混合感染し、 ウイルス分離過程において遺伝子再集合が起こった可能性や、 実験室内コンタミネーションに伴う遺伝子再集合の可能性を否定するための確認作業を行った。うがい液から直接RT-PCRを行った結果、 ウイルスが分離された2検体とA/H1型の遺伝子が確認された1検体でN2型のバンドが確認されたが、 A/H3型の遺伝子は検出されなかった。さらに、 うがい液をMDCK細胞に接種しプラーククローニングを行い、 それぞれ10クローンについてRT-PCRによるHAおよびNAの亜型の同定を行ったところ、 すべてのクローンウイルスについてA/H1型とN2型の遺伝子を確認し、 A/H3型の遺伝子は認められなかった。このことから、 患者がA/H1、 A/H3両亜型のウイルスに混合感染し、 ウイルスの分離過程において遺伝子再集合が起こった可能性は否定された。
また、 実験室内でのコンタミネーションの可能性を否定するため、 国立感染症研究所にうがい液を送付し、 感染研においてうがい液からのウイルスの再分離を行った。感染研においてもA/Yokohama/22/2002およびA/Yokohama/47/2002が分離されたうがい液からのウイルス分離に成功した。そして、 横浜市衛研から送付された2株と感染研において分離された2株について、 RT-PCRによってHAおよびNAの亜型の同定を感染研で実施したところ、 A/H1N2型であることが確認された。
4)考 察
A/H1型による集団発生事例から分離されたA/Yokoama/22/2002およびA/Yokohama/47/2002の2株は、 今回報告したように、 横浜市衛研と感染研でそれぞれ独立に行った同一検体からのウイルス分離と亜型の同定の結果が一致したことから、 わが国で最初に確認されたA/H1N2型インフルエンザウイルスの分離例である。横浜市における集団発生状況は幼稚園3施設、 小学校3施設、 中学校2施設の合計8施設であり、 昨シーズンと同様小規模な発生であった。調査した5施設はA/H1N1型による発生が幼稚園1施設、 A/H1N2型による発生が中学校1施設となり、 3施設(幼稚園1施設、 小学校1施設、 中学校1施設)はA/H3型による発生であった。今回分離されたA/H1N2型ウイルスの由来が、 世界各国で報告されている物と同一であるか否かが今後の検討課題である。
一方、 今回の事例は、 臨床症状としては従来のインフルエンザと特に相違はなく、 A/H1N2型による特徴的な症状は認められないようである。通常のインフルエンザの同定試験ではHI試験またはRT-PCRによりHAの亜型のみを同定するに留まっている。今回の事例のようにA/H1型で報告した中にはA/H1N2型が含まれている可能性が考えられ、 今後NAの亜型同定も重要であると思われた。
今回感染研においてNA遺伝子の亜型同定に用いたPCRプライマーは、 英国 National Institute for Medical ResearchのAlan Hay、 Yipu Lin両博士からの情報によった。
横浜市衛生研究所
川上千春 宗村徹也 七種美和子 野口有三 藤井菊茂 高岡幹夫
国立感染症研究所・ウイルス第三部
西藤岳彦 斎藤利憲 中矢陽子 伊東玲子 小田切孝人 田代眞人