感染症法施行後のコレラの現状と問題点

(Vol.23 p 225-225)

1999年4月に施行された感染症法の5年ごとの見直し時期が近付いている。法改正による改良点は多いが問題点も浮上している。特にコレラは検疫伝染病であり、 世界的に見れば最重要な感染症のひとつであるにもかかわらず、 国内では医療従事者を含めて関心が低い。2類感染症の診療に当っている感染症指定医療機関の現場から感染症法施行後のコレラの現状と問題点について述べてみたい。

1)コレラの現状

コレラは、 現在では国外感染例が80%以上を占める輸入感染症である。細菌性赤痢のような人から人への感染の危険はほとんどない。経口輸液(oral rehydration salts、 ORS)の普及により世界の致命率は1961年の49%から5%未満に低下している。わが国では主に東南アジアにおける海外感染例が多いが、 輸入食品由来と考えられる国内例も発生している。最近では軽症例が多いが、 胃切除者や慢性胃疾患者では無酸・低酸のため重篤になりやすく、 数少ない国内での死亡例はこのような患者である。

感染性腸炎研究会として行った東京都および12政令指定都市立感染症指定医療機関における調査では、 1996〜2000年の5年間のコレラ入院例は61名であった。法改正前には年間10名以上が入院し、 海外渡航歴のない例が多かった1997年には20名の入院があった。無症状者の外来治療が可能となった法改正後、 当然のことながらコレラの入院例は減少している。年齢分布は20代にやや多いが、 それ以上の年齢層にほぼ均等に分布している。20〜30代が半数を占めている細菌性赤痢に比べてコレラは高齢者の方がより罹患しやすいと考えられる。

バリ島旅行者にコレラが多発した1995年に入院した60代男性は帰国当日に発病、 空港到着後輸液を受けながら救急車で搬送された。発病から10時間以内であったが、 頻回の嘔吐と水様性下痢により、 いわゆるコレラ顔貌を呈し、 急性脱水症に陥っていた。同じく40代男性はゴルフ後に発病、 下痢と嘔吐が加わり、 発病18時間で急性脱水症に陥った。海外渡航歴のない例が多かった1997年に入院した60代男性は慢性腎不全で透析導入を考慮中であった。下痢、 嘔吐は腎不全の悪化を疑われたが、 念のため実施した糞便培養でコレラ菌が検出された。すべてが回復したわけではなく、 来院が遅れ、 血液透析を実施しても救命できなかった事例もある。

コレラの治療では輸液が最優先し、 たとえ脱水症状があっても早期に医療機関を受診すれば、 現在のわが国の医療水準では適切な治療が受けられる状況にある。日常診療の中で3,000mLを超える輸液はまれであるが、 コレラでは5,000〜10,000mL、 さらにそれ以上の輸液を必要とする事例がある。抗菌薬は、 現時点では主にニューキノロン系薬が選択されている。理由は近年時折みられるテトラサイクリン(TC)、 スルファメトキサゾール・トリメトプリム(ST)耐性菌にも有効であること、 旅行者下痢症に汎用されており、 診断確定時にはすでに本薬が投与されていることが多いこと、 国内の下痢症診療ではTCは一般的でないことなどによる。再排菌はほとんどみられない。

2)診療現場からみた問題点と提案

(1) 届け出状況からの問題点:繰り返しになるが、 現在の医療水準では適切な輸液が行われる限り、 予後は良好であり、 現場の医師にとってはコレラといっても単純な胃腸炎のひとつに過ぎない。海外帰りの下痢症であればコレラや細菌性赤痢が疑われるが、 軽症例では検査せずに治療を行うことはまれでない。旧法下では検疫情報が住所地保健所へ提供され、 有症状者および下痢既往者の検査が行われていた。陽性検体が少ないことはサーベイランスの上で問題ではなかろうか。

法改正により、 無症状患者の隔離は不要となり菌が検出された場合に保健所へ「コレラ」としての届け出を行えばよいことになった。旧法下ではコレラ菌およびコレラ毒素の確認は地方衛生研究所で行われ、 伝染病院に送院される際にはコレラ菌の生物型、 血清型等について不明ということはあり得なかった。現在では保健所からの連絡にこれらの項目が確認されていない事例がときにみられる。検疫伝染病である以上、 正確な流行状況を把握するのは公衆衛生にかかわる者にとって重要な業務ではないだろうか。

現在の食品の流通機構をみれば今後は海外由来例ばかりでなく、 食中毒として、 腸管出血性大腸菌と同じように集団発生することが考えられ、 過去にそのような事例が発生している。国内外における発生状況の積み重ねがなければ、 原因究明に支障を来すのではないかと危惧される。

(2) 今後に対する提案:コレラの多くは輸入感染症であるという現状から、 海外帰りの下痢患者に安心して検疫を受けてもらえるよう対策を講じることがサーベイランス上最も確実な方法と思われる。旧法下では検疫即隔離というイメージがあり検疫を避ける傾向があったが、 現在ではマラリアやデング熱の検査や地域医療機関の紹介などのサービスをしている検疫所もあり、 住民の検疫所に対する意識は明らかに変化している。個人情報漏えい等への危惧から検疫情報の住所地保健所への提供が中止されて久しいが、 医療現場で求められているインフォームドコンセントと同様に、 あらかじめ同意を得ておけば問題はないと思われる。

感染性腸炎研究会会長
横浜市立市民病院感染症部 相楽裕子

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