2002年6月21日、 広島市内の某学校(学生18〜27歳、 最多年齢22〜24歳)より、 学生20数名が下痢、 腹痛などの食中毒症状を呈している旨の連絡が広島市保健所にあった。調査の結果、 症状を呈した者の発生は6月4日から認められたが、 19日4名、 20日14名、 21日5名と3日間が主な発生期間であった。患者らはすべて寮生活のため、 この施設内での食事、 その他のなんらかの要因による感染が原因と推定されたことから、 患者便のほか、 調理従事者便、 検食、 施設のふきとり、 飲料水、 プール水など計110検体が採取され、 当所に搬入された。
検査の結果、 サルモネラ、 カンピロバクターなど、 通常の検査対象病原菌は分離されなかったが、 採取された患者便26検体中18検体(69%)のDHL寒天平板上に同じ形状の透明コロニーが純培養状に認められた。そこで、 赤痢菌および病原性大腸菌の可能性を疑い、 これらのコロニーに対してsweep法によってinvE 、 LT、 ST、 stx 遺伝子を標的としたEXEC-PCRを行ったが陰性であった。しかし、 eaeA 、 aggR 、 およびastA 遺伝子を追加してPCR検索したところ、 18検体すべてからastA 遺伝子が検出された。
そこで、 これらのastA 陽性コロニーを単離し、 性状検査を行った結果、 API20Eコード5044512 の同一性状を示す乳糖遅分解性の大腸菌(運動性陽性)に同定された。血清型は市販血清(デンカ生研)には凝集が認められず決定できなかったが、 14薬剤に対する感受性試験はすべてABPC、 TC、 NA、 GM、 SXT、 TMPの6剤耐性を示した。プラスミドプロファイルは25kb以上の領域に同一の2本のバンドが認められ、 XbaI でのパルスフィールド・ゲル電気泳動(PFGE)による解析でも同一泳動像を示した。ダイレクトシークエンス法により決定したastA 遺伝子PCR増幅産物の塩基配列(58bp)にも差異は認められなかった(表)。
これらの検査成績から、 本事例の原因菌は、 astA 遺伝子を保有するこの大腸菌であることが強く示唆された。なお、 本菌がNA耐性であったことから、 検食についてNA加EC培地で再度増菌培養を試みたが、 本菌は分離できず、 患者の感染原因を明らかにすることはできなかった。
病原性大腸菌の付着・病原機構の解析が進められた結果、 これまでbfpA 、 aggR 、 eaeA 、 astA やその他の病原遺伝子が解明され、 これらの遺伝子保有状況と由来、 血清型、 細胞付着性などとの関連性が研究されているが、 腸管凝集付着性大腸菌から発見された耐熱性毒素EAST-1をコードするastA 遺伝子の病原学的意義は現在も確定されていない。しかし、 1995年以降、 astA 単独保有大腸菌が原因菌であると考えられた複数の集団下痢症が病原微生物検出情報に報告されており、 その中で、 大阪市(1996年)や福井県(1997年)での発生が報告されているastA 遺伝子単独保有の大腸菌O166:H15による集団食中毒事例を我々も1998年に経験している(患者数 173名)。これらの事例は、 現在の主要な既知病原遺伝子の中でastA 遺伝子のみが検出される大腸菌の中にも、 ヒトに下痢症状を惹起する能力を有する大腸菌が存在することを疫学的に示した事例と考えられる。しかしながら、 これらの事例の発生が、 必ずしも耐熱性毒素EAST-1のヒトに対する毒性を証明するものではない。したがって、 今後、 この種の大腸菌下痢症の事例が積み重ねられ、 それらの事例から分離された菌株の耐熱性毒素に関する病原学的検討とともに付着因子などの病原性に関与する因子、 遺伝子の解明が期待される。
広島市衛生研究所
石村勝之 毛利好江 橋渡佳子 山本美和子 古田喜美 佐々木敏之
萱島隆之 河本秀一 平崎和孝 荻野武雄