秋田県内の知的障害者援護施設において腸管出血性大腸菌(EHEC)O121による集団感染事例が発生したので概要を報告する。2002(平成14)年7月19日、 県内の医療機関検査室からエンテロヘモリジン(EHT)培地で溶血性を示した大腸菌分離株が病原性確認のため当所に送付された。大腸菌の各種病原遺伝子を検索した結果、 当該株がVT2遺伝子とeaeA 遺伝子を保有するEHECであることが判明した。血清型はO121であった。検査結果を医療機関に回答し、 同日16:00、 医療機関から担当保健所にEHEC O121 VT2+感染者の発生届けがなされた。
患者は10代後半の知的障害者援護施設入所者であり、 7月13日に下痢と発熱(38.5℃)で発症した。水様下痢がその後も持続したことから16日に当該医療機関を受診し(検便実施)、 抗菌薬投与を含む通院治療を受けた結果、 18日に普通便となり症状は落ち着いた。
知的障害者援護施設の定員は120名であり、 その内訳は成人70名(うち重度24名)、 小児50名(うち重度20名)であった。施設は成人指導西棟、 成人指導東棟、 児童指導南棟、 児童指導北棟の4ブロック、 および管理棟に分かれ、 食事は3食給食の食堂方式、 使用水は上水道であった。入所者の居住室は2〜3人部屋となっていた。患者は児童指導南棟(以下南棟、 入所者20名)に入所しており、 同室者は3名であった。
保健所の調査の結果、 7月3日以降下痢などの有症者が8名いることが判明したが、 その発症日は7月3日〜18日にわたっていた。このこと、 および有症者が少ないことから本事例は食中毒ではないとの見方がなされた。
表に日別検査実施状況を示した。届け出がなされた19日に有症者の検便7検体と給食施設のふきとり、 翌20日に南棟職員、 夜勤職員などの検便22検体が搬入され、 検査を実施したところ、 これらはすべて陰性であった。翌週、 24日に南棟入所者のうち無症状であったために検査を実施していなかった16名の検便が搬入され、 これらのうち3名がEHEC O121 VT2陽性であることが判明した。この結果を受けて25日に7月6日〜24日の検食19日分57検体、 職員、 入所者、 患者家族などの検便計153検体、 食堂などのふきとりが搬入され、 これらはすべて陰性であることが判明した。以上の調査結果から、 感染者の発生は南棟に限定されていることが判明した。このことに加え、 患者の発生数が少なかったこと、 入所者はオムツを着用するなど糞便汚染発生の機会が多い状況にあったことなどから、 本事例では初発患者から二次感染により南棟の入所者3名に感染が生じた可能性が高いと考えられた。なお、 初発患者の発生要因については不明であった。
今回分離されたEHEC O121 VT2+はラクトースが1日目に陰性でCT耐性であった。従って、 分離平板にはCT加マッコンキー平板を使用した。食品とふきとりは、 1999年に発生した焼肉店のO157集団事例に際してふきとりからO157を分離し得た方法に準じて、 Buffered Pepton Waterで35℃1夜前培養した後、 CT加mEC培地で選択増菌しVTcomプライマーを使用したPCRによりVT遺伝子保有株をスクリーニングした。
全国的にみるとEHEC O121感染者の報告数は非常に少ないものの、 佐賀県と秋田県においてはしばしば感染者が確認されている。秋田県では1997年(本月報Vol.19、 No.10、 p.226参照)以降、 毎年数名の感染者が発生しており、 2000年には溶血性尿毒症症候群発症事例が発生した(本月報Vol.22、 No.6、 p.141参照)。また、 佐賀県においては、 本年4月に保育園の集団感染事例が発生している(本月報Vol.23、 No.6、 p.7参照)。本菌感染者の報告数が非常に少ない原因は型別用血清が市販されていないことであろう。佐賀県の報告にもみられるように、 血清が市販されていないことは集団事例の対応に際しても大きな障害である。何よりも国産血清の早急な市販が望まれるが、 Statens Serum Institue (Copenhagen, DENMARK)から生菌スライド凝集試験用O:K血清、 および試験管内定量凝集用O血清が販売されており、 高価ではあるが入手可能である。当所ではO121他数種類の血清を入手している。
型別用血清が市販されていないことから、 医療機関検査室においても本菌を同定することは困難である。秋田県においては、 エンテロヘモリジン産生性を指標とするEHECスクリーニング用培地であるEHT培地が医療機関検査室に普及している。今回のEHEC O121もEHT培地により医療機関検査室において検出された。ただし、 EHEC以外にもEHT培地で溶血を示す大腸菌は極めて多く、 VT産生性の確認試験が必須である。秋田県では1996年以降、 県内の医療機関における大腸菌分離株のVT産生性確認試験を当所において実施している。健康被害の深刻さから公衆衛生上の重要性が高いにもかかわらず、 型別用血清が市販されていないEHEC O121などによる感染事例に的確に対応するためには、 医療機関と地方衛生研究所の密接な連携が必須である。
秋田県衛生科学研究所 八柳 潤 齊藤志保子 佐藤晴美