E型肝炎

(Vol.23 p 275-276)

はじめに:E型肝炎はE型肝炎ウイルス(Hepatitis E virus、 HEV)の感染によってひき起こされる急性肝炎で、 かつて経口伝播型非A非B型肝炎と呼ばれた疾患である。この肝炎は慢性化することなく一過性に経過する。E型肝炎は発展途上国で常時散発的に発生している疾患であるが、 ときとして飲料水などを介し大規模な流行を引き起こすことが知られている。近年、 先進国においてHEV常在地への渡航歴のない急性肝炎患者から遺伝子が検出されたこと、 ブタからも遺伝学的に極めて類似のウイルスが検出されることなどから、 本疾患が人獣共通感染症である可能性が示唆されている。

E型肝炎の疫学:本疾患は中央アジアにおいてはA型肝炎と同じく秋に流行がピークに達するが、 東南アジアでは状況が異なり、 雨期に、 特に広い範囲に大洪水が起こった後に発生するといわれている。E型肝炎は糞口経路によって伝播し、 中でも水系感染である場合が多い。1955年、 ニューデリーで急性肝炎の大流行が発生したが、 これは糞便によって汚染された飲用上水が共通の感染源となっていた。この流行では黄疸性肝炎と診断された症例だけでも29,000人に及んでいる。これに似た水系感染による大流行が中央アジア、 中国、 北アフリカ、 メキシコなどでも報告されている。近年においてもこのような大規模な流行がしばしば報告され、 1991年、 8万人近い集団感染が報告されたインドの例でも飲料水の汚染が原因であった。1986〜1991年には中国の新彊ウイグル自治区で4回にわたって大規模な急性肝炎の流行がみられている。毎年この地域では、 秋季にHEV感染者が急激に増加する傾向にあるという。日本をはじめとする先進国でもE型肝炎の発生は時折見られる。旅行や仕事で滞在した発展途上国で感染をうけ、 帰国後発症した例が大部分であるが、 近年、 全く海外渡航歴の無いE型肝炎症例が日本やアメリカなどの先進国で報告されている。

E型肝炎の臨床経過:E型肝炎は臨床的にはA型肝炎に類似している。一部の不顕性感染例を除き、 臨床所見は主に黄疸を伴う急性肝炎である。患者は平均6週間の潜伏期の後に発熱と悪心、 腹痛等の消化器症状が急速に始まる。ときには下痢もみられたり、 数日の倦怠感、 食欲不振等の症状が先行することもある。E型肝炎の典型的な症状である黄疸は、 発症後の0〜10病日目に痒み、 肝腫大とともに顕著になる。この時期にAST値とALT値は著しく上昇する。E型肝炎の特徴として高い致死率があげられる。致死率はA型肝炎の10倍ともいわれ、 妊婦では実に20%に達するとする報告もある。E型肝炎の罹患率は大流行でも散発例の場合でも青年と大人で高く、 小児で低いことが知られている。通常子供の間で流行するA型肝炎と対照的である。

E型肝炎ウイルスとは:HEVはエンベロープを持たない小型の球形ウイルスで、 肝臓を唯一の標的器官としている。1980年になって、 それ以前には見られたことのない経口伝播型非A非B型肝炎が流行したことに端を発し、 1983年に患者の糞便と回復期血清を用いた免疫電子顕微鏡法で直径27〜34nmのウイルス粒子が初めて観察された。精製ウイルス粒子の塩化セシウム平衡密度勾配遠心法での比重は1.35g/cm3、 蔗糖密度勾配遠心法での沈降定数は176〜183Sである。形態学的には非細菌性急性胃腸炎の病原体であるノーウォークウイルスに類似するが、 ウイルス遺伝子RNA上のウイルス蛋白の配置、 特に非構造蛋白の機能ドメインの配置はノーウォークウイルスのそれらとは明らかに異なり、 むしろ風疹ウイルスのそれに似ている。従って、 HEVは一時的にカリシウイルス科(Caliciviridae )に分類されていたが、 現在、 この科から除かれて未分類のウイルスになっている。

E型肝炎は人獣共通感染症か?:免疫電子顕微鏡法あるいは蛍光標識抗体法による観察から、 ミャンマー、 インド、 パキスタン、 ボルネオ、 ネパール、 ロシア、 コスタリカ、 メキシコ、 アルジェリア、 コートジボワール、 ソマリア、 およびスーダンで検出された株は同一の抗原性を示す。クロスチャレンジ実験からも交叉防御が示されている。比較するウイルス遺伝子領域によって多少変動はあるが、 抗原性という視点から構造蛋白をコードするORF2をみると、 ミャンマー、 インド、 パキスタン、 中国、 およびロシアの株は相互に塩基で90%以上のホモロジーを示し、 遺伝学的に同一なグループ(I型)を形成している。一方、 メキシコ株は他のアジア株と81〜82%の塩基ホモロジーを示し、 別の系統を形成していた(II型)。長年にわたり、 HEVにはこの2つの遺伝子グループが存在すると思われていたが、 最近これらとは遺伝学的に異なる新種のHEV が米国で発見された。この株はアジア株とメキシコの株に塩基レベルで78〜80%のホモロジーしかなく、 これらとは明らかに異なる遺伝子型(III型)であった。興味深いことにこの株は過去10年間に海外渡航歴が全くないE型肝炎患者からの分離株である。さらにこの株は最近ブタから検出された株と塩基レベルで92.2%、 アミノ酸レベルで97.7%のホモロジーを有し、 非常に近縁のウイルスであった。日本でも海外渡航歴のない急性肝炎患者と豚からそれぞれウイルスが検出され、 その遺伝子型は米国株およびブタ株と同じIII型であった。一方、 最近になって中国、 日本で散発例の急性肝炎患者からIV型遺伝子と思われる新しい株が検出された。このIV型はベトナムでの主な流行株であることも明らかになっている。したがって、 現時点では4種類の遺伝学的に異なるヒトHEVが存在すると考えられる。II型メキシコ株とI型アジア株間のアミノ酸配列のホモロジーは92〜93%で、 血清学的に同一である点はクロスチャレンジ実験の結果と矛盾しない。我々はIII型、 IV型HEVの患者血清がI型構造蛋白と強い反応を示すことを確認しており、 HEVは遺伝学的に4つに分類されるが血清学的には同一であると考えている。最近、 肝脾腫大疾患の鶏からヒトHEV遺伝子構造と類似するトリのウイルスも発見された。このウイルスは、 ヒトやブタHEVとの塩基ホモロジーが低いものの、 血清学的に交叉反応を示すことが示されている。

III型のヒト由来HEVを静脈注射したブタは臨床的には無症状で不顕性に経過するが、 肝組織は明らかな肝炎を呈し、 血液、 肝臓などの組織からHEV の遺伝子が検出される。ヒトHEVと交叉する抗体も急速に上昇する。このことからヒトHEVがブタで複製することが示唆されている。ブタ由来のHEVがヒトに感染するかどうかはまだ明らかではないが、 これを接種したアカゲザルではウイルス血症がおこり、 便にウイルスが排泄される。また、 海外では野生ラット、 牛、 ヤギ、 羊などの動物が高い抗体保有率を有することも明らかになっている。これらのことから、 E型肝炎は人獣共通感染症である可能性が濃厚になってきている。

E型肝炎の診断:HEVが効率よく増殖する培養細胞系は確立されておらず、 その複製機構は明らかではない。しかし実験動物としてチンパンジー、 タマリン、 ミドリザルのほか、 アカゲザル、 カニクイザルなどMacaca属のサルが感受性を有する。実験的に感染させたサルの胆汁中には多量のウイルスが排泄されることが明らかになって、 これを出発材料とした遺伝子のクローニングと一次構造の解析が急速に進展した。

1989年にHEVの遺伝子が初めてクローン化され、 その後診断を目的としたRT-PCR法(Reverse Transcription-Polymerase Chain Reaction)によるHEV遺伝子検出が可能になった。また、 共通のプライマーで各遺伝子型間でよく保存される領域を増幅することも可能になっている。

一方、 合成ペプチド抗原、 酵母、 大腸菌、 ワクシニアウイルスなどの発現系で調製した構造蛋白による診断キットで満足できるものはまだない。筆者らは、 ネイティブなウイルス粒子に近い構造、 抗原性、 および免疫原性をもち、 かつ、 大量に産生できる発現系の構築を目的として構造蛋白遺伝子に様々な改変を加えた。現在までにN末端から 111アミノ酸を欠失した構造蛋白を発現する組換えバキュロウイルスで昆虫細胞を感染し、 その培養上清から、 平均密度1.285g/cm3、 直径約23〜24nmのウイルス様中空粒子(VLP)を大量に産生することに成功している。この粒子は、 E型肝炎急性期の患者血清、 ならびに感染サルの血清から特異的抗HEV IgM、 IgG抗体をELISAで検出する上で申し分のない抗原であることが明らかになっている。この検査法は非常に簡単、 迅速、 かつ特異的な診断法であることから、 E型肝炎の診断に非常に有用なものとなっている()。本法で日本人の抗体保有率を調査した結果、 IgGの保有率は5.4%であること、 保有率は年齢とともに増加すること、 さらに地域間で保有率に差があることが示されている(本号p.2図4参照)。

国立感染症研究所・ウイルス第二部 武田直和 李 天成 宮村達男

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