E型肝炎経口ワクチン開発の試み

(Vol.23 p 276-277)

E型肝炎は主に発展途上国で多発すると言われているが、 近年、 わが国でも輸入感染例としてしばしばみられる疾患である。また、 アメリカや日本などの先進国で渡航歴が全くない症例が出てくるに及び、 ワクチンの開発は発展途上国だけの問題でなく、 先進各国にとっても必要になりつつある。E型肝炎ウイルス(HEV)が効率よく増殖する培養細胞系は確立されていないため、 ワクチン開発は主に組換え蛋白を用いて研究されてきた。サルを用いた動物実験では、 組換えバキュロウイルスで発現した構造蛋白を投与した個体での抗体応答と感染防御が示されている。現在、 注射ワクチンとしての研究が臨床実験の第三段階まで進んでいるという。

筆者らはマウスに経口投与および腹腔投与し、 血中のIgG、 IgM、 および便中のIgA抗体を測定し、 ウイルス様中空粒子(VLP)が経口ワクチンとして使えるかどうかを検討した。その結果、 HEV VLPは投与ルートにかかわらずマウスに特異的免疫反応を誘導することができた。特筆すべきは、 経口投与において腹腔投与では認められなかった腸管IgAの産生を誘導したことである。腸管IgA抗体は粘膜免疫に重要な役割を果たすことが知られており、HEV感染に対する防御も期待できそうである。そこでHEVに感受性を示すサルを用い、 VLPを経口投与することによって抗体の誘導ができるかどうか、 さらにネイティブなウイルスのチャレンジに対し、 感染あるいは発症が回避できるか否かを検討した。VLPを2週ごとに計4回カニクイザルに経口投与し、 経時的に採血して血清中の抗体を測定した。血中IgG抗体は2回目の投与後に上昇し、 3回目の投与後にピークに達した。誘導された抗体のレベルはサル間で差が見られたが、 抗体上昇のパターンが非常に類似していた。そこでIgG抗体陰性のサル、 IgG抗体陽性のサル(E型肝炎患者の便乳剤を静脈注射して感染後、 肝炎から回復したもの)をコントロールに、 感染防御実験をおこなった。これらのサルに、 感染サルの便乳剤をチャレンジウイルスとして静脈注射した後、 経時的に採血、 採便し、 血清ならびに便中のウイルス抗原、 ウイルス核酸、 生化学マーカー(ALT、 AST)、 および抗体を測定した。その結果、 VLPを経口投与することによって血中IgGが誘導されていたサルでは、 HEVに対して明瞭な感染防御が認められたことから、 VLPはワクチンとして有望であることが確認された。

近年の遺伝子組み換え技術の進歩により、 分子生物学者達は多種多様な遺伝子を植物の染色体に組み込むことによって多くの形質転換植物を作り出してきた。こうした形質転換植物が注目を集めた理由の一つは、 従来の蛋白発現システムとは比較にならないほど大量に蛋白発現が可能になる点である。現在、 食用植物として流通しているバナナやトマトなどで病原体の構造蛋白を発現する形質転換体が産生できれば、 安価な経口ワクチンとしての利用価値は充分望めるであろう。筆者らもコーネル大学ボイストンプソン植物学研究所との共同研究でHEVの構造蛋白を発現する形質転換ポテト、 およびトマトによるウイルス中空粒子の大量生産を試みている。トマトの果実1個で一度の免疫に十分な抗原量が産生されている。

ワクチンは、 安価であること、 注射による接種ではなく経口投与できること、 発熱などの副作用がないこと、 コールドチェーンが整備されていない熱帯地域へ常温で供給できること、 発展途上国でも自主生産できるワクチンであること、 特に子供にとって食べやすいこと、 が理想である。形質転換植物は、 これらワクチンの条件をすべて満足する理想的な食用ワクチンといえる。

国立感染症研究所・ウイルス第二部 武田直和 李 天成 宮村達男
国立感染症研究所・動物管理室 網 康至 須崎百合子

今月の表紙へ戻る


IASRのホームページに戻る
Return to the IASR HomePage(English)

idsc-query@nih.go.jp


ホームへ戻る