2002年8月に、 本市サーベイランス検査事業の病原ウイルス検出試験に供与された麻疹患者血液検体から分離された野外麻疹ウイルス(MV)株のN遺伝子の塩基配列の解析結果から、 本分離MV株は遺伝子型H1に分類されることが明らかとなった。
患者は大阪市西成区在住の4カ月齢の女児で、 母親からのMV感染であった。2002年8月7日に麻疹の発症が認められ、 第6病日(2002年8月12日)に採取された血液検体から、 B95a培養細胞を用いて野外MV株(株名MVi/Osaka C.JPN/32.02)を分離した。本分離株の遺伝子型別をWHOの勧告に従って行うために、 まず、 MV N遺伝子の3'末領域を含む約650bpの遺伝子をRT-PCRにて特異的に増幅した。この増幅された特異的フラグメントを精製した後、 そのうちの約550bpの塩基配列をダイレクトシークエンス法にて解読し、 本MV株N遺伝子3'末領域(456塩基)の塩基配列を決定した。次に、 WHO推奨の各遺伝子型に属するレファレンスMV株のN遺伝子3'末領域(456塩基)の塩基配列をGen Bankから入手し、 これらとともにN-J法による系統解析を行った結果、 MVi/Osaka C.JPN/32.02株はHunan.CHN/93/7株と同様の遺伝子型H1に分類されることが明らかとなった。MVi/Osaka C.JPN/32.02株のN遺伝子3'末の456塩基を用いたBLAST2 search (http://blast.genome.ad.jp/)の結果、 本MV株は遺伝子型H1に属するMVs/WA.AU/30.01株と99.6%の相同性を有し、 該当領域における推定アミノ酸の相違は認められなかった。また、 同遺伝子型に属するMVs/Florida.USA/25.00、 MVs/NSW.AU/52.00およびMVs/Toronto.CAN/8.01/1とそれぞれ98.9%の相同性を有し、 これらのいずれの株に対しても1個の推定アミノ酸の相違が認められた。
我々は、 本市サーベイランス検査事業の一環として、 1997年以降に当所において分離された野外MV株の遺伝子型別の解析を行ってきたが、 2001年までに分離された野外株は日本に固有とされる遺伝子型D3およびD5に分類される株で、 それ以外の遺伝子型に分類される株は認められなかった(Kubo et al., J. Med. Virol., in press)。遺伝子型H1に分類される野外MV株の日本国内での分離例は、 2001年に東京都および川崎市における報告があるが(IASR Vol.22, No.11, p.6-7参照)本市においては今回のMVi/Osaka C.JPN/32.02株が初めてである。また、 本MV株の分離された4カ月齢の女児は家族内感染により麻疹に罹患したが、 この家族における最近の海外渡航歴はないとのことであった。このことは、 遺伝子型H1に分類される野外MV株の感染経路が本市内においても存在することを示唆するものと思われた。遺伝子型H1に分類される野外MV株は中国および韓国に固有の株とされているが、 MVi/Osaka C.JPN/32.02株との相同性が最も高かった株は、 2001年にオーストラリアから報告された株(MVs/WA.AU/30.01)で、 その次に相同性の高い株はそれぞれ2000年に米国およびオーストラリアから、 2001年にカナダから報告されたものであった。これらのMVi/Osaka C.JPN/32.02株と高い相同性を有するMV株の各国への伝播経路を解明し、 さらに、 遺伝子型H1 MV株の固有国である中国および韓国における最近の野外MV株に対する遺伝子解析を行うことによって、 MVi/Osaka C.JPN/32.02株の本市への伝播経路の把握が可能になるものと思われた。
2002年の本市における麻疹患者の発生は少ない状況が継続している。当所ではこれまでに4野外MV株を分離しているが、 MVi/Osaka C.JPN/32.02株以外の3株は2001年分離株と同様の遺伝子型D5に分類された。本市おける麻疹患者発生状況および野外分離MV株の遺伝子型の動向について、 今後も注意を要するものと考えている。最後に、 貴重な検体をご提供下さいました大阪市立総合医療センター 塩見正司先生に深謝いたします。
大阪市立環境科学研究所 久保英幸 入谷展弘 村上 司 春木孝祐